17日、東京・水道橋のYMCAアジア青少年センター スペースYホールで、
韓流野球ナイト!!特別編 門倉健トークライブ」を実施。
約100人の方々にご来場いただき、大大大盛況でイベントを終了しました。

場内にはステージ上の6着を含め、門倉投手が実際に袖を通した、
18着のユニフォームを展示。また最多奪三振や月間MVP、優勝メダルなどの、
数々の記念品も備え、場内はさながら「門倉記念館」となりました。

14時開始のトークライブでは、門倉投手が自身のマウンドに上がる時の
テーマ曲である、Queenの「I was born to love you」に乗せ登場。
ステージ上でトークホストの当方と、お話しする第1部がスタートです。
門倉健トークライブ

門倉健トークライブ
ステージ上手には、江夏豊さんからプレゼントされたという、
通算100勝達成記念の巨大ボール
門倉健トークライブ

韓国でプレーした3年間を軸に、様々なエピソードをお話しいただきました。
メジャー挑戦や代理人の役割について、
日韓でこれまで仕えた監督たちとのエピソード、
大学、プロでバッテリーを組んだキャッチャーたちについて、
キム ソングン監督からのラブコール、日韓の野球の質、環境の違い、
オリックス入団が決まったイ デホ選手と、どう対戦するかのシミュレーション、
バッターとのかけひきや、どのタイミングで変化球の握りを変えるかといった、
プロの高等技術について、巨人の元同僚たちとの爆笑エピソードなどなど、
硬軟とりまぜて、1~2割程度ナイショの話も含めた、
非常に中身の濃いトークを約1時間15分、展開しました。
門倉健トークライブ
「聞いたみなさんも共犯者です!」

10分間の休憩をはさんで、第2部は門倉投手の投球実演です。

場内上手客席に、10数メートルの長さの簡易ブルペンを設置。
そこで門倉投手に実際に投げていただきました。
門倉健トークライブ10
フォークボールの握りについて説明

短い距離&全力では投げられない環境ではありますが、
フォークの落ちや、スライダーのキレに場内は「オー」と歓声。
ご来場者には、実際に打席に立っていただき、
そのスピードやキレを体感していただきました。
門倉健トークライブ
写真にはしっかり、フォークボールが急激に落ちる軌跡が残っています!

みなさんの感想コメントが、グルメリポーターのようであったり、
フォークのキレをまるでUFOを見た時のように説明したりと面白くて、場内は大爆笑。
門倉健トークライブ

また、門倉投手とのキャッチボールを男性、女性にご体験いただきました。
女性の方がどんどん上手くなる様子に、場内から拍手が起きます。
門倉健トークライブ

実演コーナーの後は、ステージ上に戻り、
門倉投手への質問コーナー。
事前にいただいた質問のうち、いくつかにお答えいただきました。
せっかくたくさんいただいたのに、少ししか答えられずごめんなさい。

そしてプレゼント抽選会。門倉投手は大盤振る舞いで、
横浜時代の防寒用フリース、汗だしウィンドブレーカー、
巨人の練習用シャツ、シカゴ・カブスのキャップ、
アンダーシャツ、メジャーリーグの公式球、
SK時代に実際に使用したスパイク、練習用Tシャツ(ホーム&ビジター)
サムソンの練習用シャツなどなど、大変多くの商品をご提供くださいました。

当選された方々のご要望に応え、ひとつひとつサインをし、
(しかも背番号はそれぞれの在籍時のもの)、握手。
ゲットされたみなさんは大変喜んでいらっしゃいました。
門倉健トークライブ

そして最後は、門倉投手が今後の決意を語り、
当方の音頭で「ガンバレ ガンバレ門倉」の三唱を、
ご来場者全員で行い、「I was born to love you」をバックに終演。
約2時間15分のトークライブを終了しました。

終演後は会場ロビーでサイン会。
長蛇の列となり、30分以上かかった後にサイン会は終了となりました。
門倉健トークライブ

ひとつひとつの問いかけに、わかりやすくお答えくださる門倉投手とのやり取りは
ご来場者に楽しんでいただけたようです。
「トークのテンポが良かった」というご感想は非常に的を得ていて、
そしてそう感じてもらえて良かったと思いました。

いただいたメッセージなどをいくつか抜粋すると、
「今まで私が見たトークライブでは最高に面白かったです。
門倉選手も室井さんもスタッフの裏方さんも
皆さん一生懸命にトークライブを盛り上げようという気持ちが伝わってきました」

「企画、進行の良さと門倉さんの人柄で、大変楽しいイベントでした。
野球や門倉さんをよく知らない人でも楽しめたと思います。
このように意味あるイベントを着実に続けておられることに敬服いたします。」

というものがありました。
ご来場者の感想や、終演後の笑顔を見て、
充実したトークライブになったと自負しております。

これも主役である門倉健投手のらしさが、作り出したものだと思っています。

また、当方と最近知り合った知人たちは、
「室井さんのテンションが終始高くて驚いた」とのことでした。
別にテンションは普通で、プロとして、
お客様を前にした時のスイッチを、
ご来場者の数と会場の広さに合わせて入れただけですが、
日常の落ち着いた、紳士的な振る舞い(笑)の印象しか
なかったためかもしれません。

どのジャンルも「ライブ」は時間や距離をはじめとした、
様々な都合をつけないと現地で感じられないものです。
その分、楽しさや喜びは、紙や電波、ネットで得られるものの、
数倍であると思っています。

今回、トークライブへのご参加が初めてという方が、
約半数ほどいらっしゃったようですが、
「楽しかった!」と思われた方は、それを他の方々へも伝えていただき、
その輪を広げていただけたら幸いです。

門倉投手をはじめ、ご来場くださったみなさん、
会場の方々、協力してくれたスタッフの面々、
本当にありがとうございました。





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室井 昌也

論創社
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交通情報の女たち
室井 昌也
論創社
2014-11-18




まず、野球本体とは直接関わらない部分ですが、
韓国球界に関する大きな出来事があったので、
悩みましたが記すことにします。

23日、現場の仕事仲間が悲しい決断をしてしまいました。
彼女とは特に親しいということはありませんが、
球場で顔を合わせれば挨拶をし、
前の放送局所属だった2年前、
テジョンでの試合後、解説者さんとスタッフさん、
知人記者と当方の5~6人で、一緒に食事をしたこともありました。

いきさつなど詳しいことはわかりませんが、
当方、この報を聞き、東北新幹線車中で、
しばらく泣いてしまいました。

もう、誰かが亡くなるというのはいやです。

どうぞ、どうぞ安らかにお眠りください。



さて、表題の件です。
22日、神宮球場で試合前に少しだけ取材をし、
その後移動、23日は岩手県陸前高田市へ災害ボランティアに行きました。

当方と大船渡との縁(の一部) (3月19日のブログ)
大槌町でのボランティア(4月23日のブログ)
大船渡市でのボランティア(5月4日のブログ)

 一応、仕事もしているということもお伝えするため、
 下記にこの数日中にアップされた中から、
 日本語で読めるコラム2つを記載しておきます。

 →日韓100勝を達成した門倉 「さらに上を目指す」 (スポーツナビ)
 →韓日6選手の月間総括(朝鮮日報日本語版)

以下、球界に関する有益な情報はありません。

今回も個人での日帰りボランティアの強い味方、
岩手県社会福祉協議会さんと名鉄観光サービス盛岡支店さんで
ご用意くださったボランティアバスで、盛岡駅から陸前高田へ向かいました。

陸前高田は街全体が大きな被害を受けたことを、
映像や新聞記事などで知ってはいました。
しかし、以前買い物で何度か訪れた、
スーパーのマイヤの建物などを除き、
跡形もなくなってしまった実際の光景を目の当たりにすると、
言葉がありませんでした。
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高田松原の野球場は、照明灯があることでそれとわかるような状況。
高田松原の公園自体は姿が見えず、海の中になってしまったようです。

釜石市などでは現在も家屋の泥だしボランティアが行われていますが、
陸前高田の場合、被害を受けた住宅の中で原型をとどめている住宅が、
あまりありません。
ということで今回の作業は、未だ手付かずで重機が入っていない、
田んぼに流れ着いた家屋、家財の撤去を行いました。

この時期の東北らしい風景といえば、田植えが行われた水田です。
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陸前高田の市内中心部から北西に約8キロ、
横田町の「川の駅よこた」の裏手の水田

水面に映る、緑の木々は初夏を感じさせます。
しかし、津波の被害を受けた多くの田んぼの状況は、
震災から2ヶ月以上経った今でもご覧の通りです。
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とりあえず同じバスで訪れた約40人のみなさんで、
午前中2時間でなんとかここまでの姿になりました。
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作業を厳しくさせるのが、前日の雨で水分を含んだぬかるみ。
大きく足をとられる中、長い木材やベニヤを足場にし、
なんとか今後重機で回収できるよう、漂流物たちをまとめました。
みなさんの足元はもちろん長靴。当方もハイカットの安全靴を履いてます。
釘を踏み抜いたりしたら大変なので。

一帯に漂うのは、前回訪れた大船渡同様に、潮、磯の臭い。
「香り」ではない、海と土が混ざった臭いで、かといって、
腐ったような鼻をつまむような感じではない、潮、磯の臭いです。

お昼休憩をはさみ、午後は用水路の清掃。
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既にきれいにした後です。

海から流れ着いた、養殖の牡蠣がかごに入ったままであったり、
ガードレールなども折れ曲がった状態で、
用水路に突き刺さっていました。
そして多かったのが屋根瓦でした。

今回のボランティアバスで隣席だった男性は盛岡の方。
田んぼについて話をしていたところ、
「お米は一番多く食べるのに、作るのが大変なんですよね」と
話してくれました。

今回、塩害やヘドロなどで被害を受けた田んぼが、
またお米を作れるようになるまで、
どのくらい時間がかかるのか分かりませんが、
田植えがされ、稲穂が実った時には、
その光景を見に訪れたいと思います。

被害を受けたどの場所も、自衛隊や警察、自治体の方々などの力で、
道路は整備され、大きな廃材などはだいぶまとめられていました。
しかし、今回の田んぼのように、手付かずの場所はまだまだあります。

未だ行方不明の方々が数千人いる状況で、
この日も警察の方々が捜索活動を続けていました。
河川敷や用水路など、これから手が入る場所で、
新たに発見されるということも少なくないようです。

たまにしか現地へボランティアに行けない当方が言うのもなんですが、
現在も人手は必要とされています。

バスの中でも話していたのですが、
「ボランティアはしたいけど、そのためだけに行くのはちょっと」
という方は、温泉旅行などを兼ねたボランティア活動なども、
いいのではないでしょうか。

ご家族やお友達同士で、車や、新幹線+レンタカーを利用し、
1日はボランティア。その疲れを温泉宿で癒し、
翌日は内陸で観光、というのもありだと思います。

被害を受けた地域の役に立てて、
疲れた体に温泉の恵みをたっぷり受けて、
観光で地域を活性化。
おいしい料理からもののありがたみを感じ、
みんな仲良く帰っていく。
いかがでしょうか?

前回の大船渡のボランティアには、
小学生の男の子の親子連れも参加していました。
お子さんに大きな丸太を運ぶのは無理でも、
小さな建材を拾うことなどは出来ます。
また結構、女性の参加者も多いです。

各災害ボランティアセンターでは、
グループであれば、当日受付できるところもあるので、
現地に行ってボランティアをして、
その後観光というのも可能だと思います。

下記にボランティア受入先情報なども掲載している
サイトのリンクを貼っておきます。
東日本大震災支援全国ネットワーク
各所の募集要項などを見て、参加できそうな場所で、
活動されてはいかがでしょうか。

当方、次回災害ボランティアに行くのは、
しばらく先になってしまうかもしれません。
しかし今後も、時間が作れれば、可能な限り、
現地でできることをします。


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室井 昌也

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室井 昌也
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先月の岩手県大槌町に続き、
3日、同県の大船渡市に災害ボランティアへ。
翌朝帰京し、4日は神宮球場へヤクルト対中日の取材に行きました。
時間の都合で今回も、東京-盛岡間は行きも帰りも、
夜行高速バスでの日帰りです。

当方と大船渡との縁(の一部)(3月19日のブログ)
前回ボランティア(4月23日のブログ)

今回も岩手県社会福祉協議会さんと、
名鉄観光サービス盛岡支店さんが用意してくれた
盛岡駅からのボランティアバスにお世話になりました。

大槌町では畑に流れ着いた家屋などの撤去を
雨の中行いましたが、今回は大船渡市を流れる、
盛川(さかりがわ)の河川敷の清掃をしました。
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前回のような、変わり果てた街の姿を目にしての作業ではなく、
今回は河川敷の公園が活動場所。
盛川河川敷公園は地域の方々がグラウンドゴルフやジョギング、
野球、サッカーなどを楽しむ、市民に愛される場所だそうです。
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本来芝生に覆われていたという部分は、
多くの土砂が堆積し芝が見えません。
河口から約2キロ離れているのですが、
辺り一帯には強い潮の匂いが。
そして、水産工場や港から打ち上げられたのでしょうか、
多くの魚、蟹、貝が散乱し、魚からも臭いが放たれます。

この日、河川敷公園では、盛岡からバスで参加の我々40名と、
奥州市から参加のみなさん、また当日参加の方々など、
約百数十名で作業を行いました。

全体の指揮を愛知からの支援組織の方が行い、
岐阜県多治見市から支援されたごみ袋で、飛散物を拾い、
気仙市民復興連絡会さんが用意された、
炊き出しの豚汁をおいしくいただき、
神戸大学の学生さんや地元の高校生などと活動という、
各地から集った皆で一体となった作業です。
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当方が一緒に動いたチームは、偶然にも6人全員、関東在住。
お2人は実家が岩手県の方。お3方は大学で助手と務める方と、
学生さん2人という構成でした。

マンパワーとはすごいもので、10時から15時まで、
お昼休憩を挟んだ実質4時間で、幅約100m、距離約1kmの一帯は、
だいぶきれいになりました。
後半はスコップで道路側に堆積した土砂も取り除き、
魚の腐敗臭がある部分には石灰をかけ、
この日の作業は終了しました。
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また途中、写真を2枚拾い、担当の方に託しました。

今回の作業は公園という、生活には直結しない部分で、
まだ、スポーツを楽しもうという人は地域に多くないでしょうが、
まずは子供たちが日常を忘れられるよう、
体を動かすことに没頭できるような場所になればと思います。

野球でいうと、岩手県はプロ野球選手を数多く輩出している方ではなく、
最近だとヤクルト・畠山和洋選手、西武・菊池雄星投手が出身。
どちらも内陸出身で、沿岸部だと昨年限りで引退した、
ヤクルト・志田宗大スコアラーが大船渡出身です。
取材時に側にいたことは何度もありましたが、
残念ながら志田さんと、直接お話ししたことはないです。

今回、元の姿にちょっぴりですが戻ったこの河川敷公園で、
近いうちに少年たちが汗を流し、
その中から、プロ野球選手が出てくれたら嬉しいですね。

そうそう、大船渡市のお隣で、
未だ市民の6割以上が避難所生活を送る陸前高田市では、
津波の被害を受けたバッティングセンターが、
5日のこどもの日を前に営業を再開したそうです。
バッティングセンター再開=「こどもの日」前に-岩手・陸前高田(時事ドットコム 5/4)

当方、高田のバッティングセンターに行ったことはありませんが、
大船渡バッティングセンターは何度か足を運びました。
バス車中から見た限り、大船渡バッティングセンターがある、
猪川町辺りは被害が少なかった様子。
岩手県沿岸部の野球少年たち、応援してますよ!

今後も時間が作れ次第、災害ボランティアに行きます。
被害があった地域と、東京などそうでない場所では、
徐々に温度差が生まれていますが、それはやむを得ないこと。
元気でいられる人は元気でいた方が良いでしょう。

当方は岩手県に恩義があるので、
今後も出来る限りのことはしますし(岩手県以外にも)、
そのことをちょろちょろ発信し続けます。

そして神宮球場では、ヤクルト・イム チャンヨン投手の
日本通算100セーブ目達成を取材。
試合後、晴れやかな様子で何よりです。
今回、そして後日また話を聞き、それらはコラムに反映させるかと思います。



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室井 昌也

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以下、韓国球界に関する有益な情報はありません。

23日、今回の震災で大きな被害を受けた地域のひとつ、
岩手県の大槌町へ災害ボランティアに行ってきました。

 震災についてと、当方と岩手県沿岸部(大船渡)との縁は、
 3月19日のブログで。
 →大きな出来事を受け、今できること。

上記ブログでも記しましたが、
ずっと何かできることを探していました。
その1つ目として、23日、1日時間が空いたので、
前夜、東京発の高速バスに乗り、
スコップ片手に岩手へ向かいました。
(東北新幹線はまだ全通していません)

今回参加させていただいたのは、
岩手県災害ボランティアセンターさんが、
盛岡駅から日帰り支援用に用意してくれている、
ボランティアバス。それにお世話になりました。

朝6時半、バス2台、約80人で大槌町に向かいました。
都道府県で北海道の次に大きい岩手県。
内陸部の盛岡から沿岸部までは車で3時間程かかります。

バスは遠野を過ぎ、釜石市へ。
釜石の市街地に入ったところ、
厳しい現実を目にすることになりました。
結婚前の嫁と訪れた商店街のモスバーガーは、
1階部分が変わり果てた姿になっていました。
その光景に涙がこみあげます。

ただ被害の状況としては、まだ原型をとどめている方で、
そこから海寄り、川沿いへ向かうと、
形容するのが難しい状況が続きます。

釜石市を北上し、10時頃、大槌町に到着。
降りしきる雨の中、畑の中に流れ着いた、
木材などの数々を撤去をすることになりました。

ひとことで「がれき」と表現することはできますが、
それぞれが家の柱であったり、梁や畳であったり、
それはつい最近まで生活されていた家です。

中には卒業証書や読売ジャイアンツのグッズもありました。
原、桑田、大久保各選手のイラストと背番号が書かれたメガホン。
観戦の記念に大事にとっていたのでしょうか。

お昼休憩のあと、作業再開の予定でしたが、
悪天候により作業は中止。
時間としてはわずかな協力となりました。

ただボランティアとしては、
やりたいことをするのではなく、
求められることをするのだと思うので、
きょうのわずかな時間でも、お役に立てたのだと思い、
13時過ぎに大槌町を後にしました。

当方、野球以外を伝える立場ではありませんが、
少しでも現状を残せればとカメラを持っていきましたが、
悪天候の影響と、カメラを構えていいものか悩み、
わずか数枚を収めるのみとなりました。

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帰りは行きとは逆に、大槌町を北上し、
宮古市を通って、盛岡へ向かいました。
鉄道の線路は、大きく姿を変えていました。

その後、被害の少なかった地域に戻りましたが、
ほんのわずかな時間、民家が姿を変えた場所にいただけで、
家が普通に立っている姿の方が、日常ではないように見えてきました。

震災から1ケ月以上過ぎても、まだまだ元の姿に戻るには、
時間を要すると感じましたが、大型バスが被害のあった場所に
入れているということは、これまでの間に自衛隊や自治体の人たちが
尽力したということです。

当方、今回わずか1回目のボランティア参加で、
偉そうなことを言うつもりはないのですが、
ボランティアを束ねる組織が各地でまとまり、
当方のようなボランティアビギナーでも、
参加できるような体制が整っています。

大半が現地に自力で通える人や、
長期滞在を希望するものですが、
今回の岩手県災害ボランティアセンターさんのように、
日々バスを運行しているケースもあります。

名鉄観光サービス盛岡支店さんが、日頃からお付き合いがある、
岩手県社会福祉協議会さんに企画書を提出し、
実施されているこのボランティアバス。
担当者の方によると、
「阪神淡路大震災の時に、関西の支店で行っていた
ノウハウを聞き、提案した」とのこと。
「旅行代理店としてできるのはバスを出すことと、
弁当を用意することくらいですから」とおっしゃいますが、
このような機会がなければ、
当方もはじめの一歩を踏み出すことはできませんでした。

同じグループには北海道の旭川からご参加の方も
いらっしゃいましたが、思いは同じでした。

ほんの少し垣間見ただけですが、
大槌町をはじめ、岩手県沿岸部の様子は、
戦禍を被ったかのようでした。
表現が正しくないとは思いますが、
戦争を経験していない当方にとっては、
今の日本の状況は、それに匹敵すると思っています。

ぜひ若い方々、お友達同士ででも、
現地へ行ってください。
あなたが必要とされています。
そしてこれからの人生、自分に何ができるかという、
何かヒントが見つかるかもしれません。

ただやみくもに押しかけるのではなく、
上にも書いたような体制が整っているので、
下記リンクを参考に、ご自身に無理のない範囲で、
出来ることを探してみてください。

東日本大震災支援全国ネットワーク
岩手県社会福祉協議会 ずっぱりボランティアいわて

当方も時間が作れる時は、
岩手県に限らず、出向こうと思います。

以上、長々と偉そうにすみませんでした。
一応こういう、多くの方々に見ていただける場を
持っているものとして記しました。

当方、また深夜の夜行バスで東京へ戻ります。



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室井 昌也

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室井 昌也
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日本に大きな出来事が起きてから1週間。
ブログを書こうという気持ちになったので記しています。

当方の嫁の実家、岩手県岩手郡は、
2日半、停電が続いたものの、大きな被害はなく無事でした。
ただ、当方夫婦が婚姻届を提出した、縁のある大船渡市、
そして太平洋沿岸部はとても厳しい状況です。

陸前高田市を映し出す映像には、
広い100円ショップ目当てに行っていた、
スーパー・マイヤの建物がかろうじて見える程度。
言葉を失いました。

岩手県沿岸南部のみならず、
各地で被害に遭われた方々のことを思い、
そして、自分に何ができるのかと考えさせられました。

しかし、今の自分には例年以上に厳しい本作りの追い込み、
他の業務、何より家族を守るという、
まず、日常生活を保つことが一番に課せられた義務。
直接、役に立てるようなことはできません。

そんな中で、自分の立場でできることとして、
13日夜、毎週書いている韓国・スポーツ朝鮮のコラムで、
今回の出来事に関する、日本の状況を書きました。
大地震、日本の難局にご理解を(スポーツ朝鮮・室井コラム/韓国語)

いつもは取材したことを書くコラムですが、
韓国の人に日本の現状を理解してもらい、
韓国から少しでも何か思いや、手を差し伸べてくれればと、
事実を並べた、地震や津波が内容の大半のコラムです。
(野球外なのに、そのまま掲載してくれたデスクに感謝!)

あれこれできない状況を、もどかしく思っていたところ、
ひょんなことから、役に立っていたということを知りました。

電話が通じるようになった、岩手の嫁の母から、
「停電中、近所のラジオがないという人に、
もらったラジオを貸してあげたら、ものすごく感謝されたよ」とのこと?

もらったラジオ?

なんのことかさっぱりわからなかったのですが、
そう、当方夫婦の5年半前の結婚式、
引き出物として用意したのがラジオだったのです。

引き出物といえば、最近ではカタログギフトなどが多いですが、
「ラジオがあれば生活が豊かになる。しかも防水性のお風呂ラジオは
洗面所にあると朝の時間、情報が得られてとっても便利!」
という、ラジオ好きの当方の一存で、
お風呂ラジオを引き出物にすることに決めました。

とはいえ「引き出物用・お風呂ラジオ」なんてのはないので、
ちょっとポップなデザインのお風呂ラジオ120個を購入し、
夫婦で1つ1つ無愛想なパッケージをはずし、
ラッピングをして引き出物としたのでした。

すっかり忘れていた、当時の引き出物が、
こんな時に役立っていたんですね。

当時、結婚式には大船渡からも10組近くの方々が、
東京まで来てくれました。
沿岸部からはアクセスが悪いのに、ありがたいことです。
(東北新幹線があると行っても、一ノ関駅までバスで2時間、
仙台駅まで3時間かかります)

大船渡のみなさんご無事でしょうか?
ラジオ、役に立っているといいのですが。

こんな感じで、当方は特に何かできるということではないのですが、
同じようにもどかしさを持っていた、
東北福祉大出身のサムソン・門倉健投手が動き出しました。

サムソン球団の了承が得られ、
19日のオープン戦から募金活動を開始します。
東日本巨大地震:サムスン門倉が募金活動(朝鮮日報日本語版)

門倉投手から伺った内容は、後日他所でまとめます。

サムソンには、
落合英二投手コーチ、小山仁トレーニングコーチも
いらっしゃいます。

落合コーチは、テグでサムソンファンの男の子から、
チョコパイを渡されたそうです。
「地震、大丈夫?」と。
涙が出そうだったと、ご自身のツイッターで書かれていました。

韓国プロ野球の選手会も、動こうとしてくれています。

当方自身、今は出来ることが限られますが、
被災された方々の困難は、これから先も続きます。
自分は身動きが取れるようになる、4月過ぎに、
小さなことでも、恩返しを行っていきたいと思っています。

ここまで書いたものを見ると、
元気なく過ごしているような感じにもとれますね。
作業に追われてはいますが、当方は元気です!

どのくらい元気かというと、
被災された方の受け入れのために、
盛岡のホテルを何軒、何室借り上げようか?と妄想し、
ニヤニヤしながらロト6を買っています!←まだ当たってません!プンプン

とにかく、今自分ができることで、
元気でいられるなら、元気でいて、
誰かのためになれれば、なりたい。そう思う日々です。


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交通情報の女たち
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