月別アーカイブ / 2016年11月

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ある人から、素敵な手紙をもらった。

そこには、わたしが何気なくかけた言葉に、なんども助けられたって、書かれてた。

自分の何気ない一言が、誰かの助けになることもあるんだなって、じんわり感動した。
それと同時に、想像した。きっとたくさんつらい出来事もあったりして、一歩一歩、山をいくつも登るように、乗り越えてきたんだろうなって。
それで、尊敬の念と一緒に、小さな胸の痛みも感じちゃった。
その言葉は、自分自身に向けられた言葉でもあったから。だから、痛みがよくわかる。

「命のおせわをしてるんだもん、大変だよ!」

同じ時期に出産して、赤ちゃんのお世話でほとんど眠れない日を、同じ時期にたくさん過ごして。
命のおせわって責任重大で、これ以上の責任なんて、ないんじゃないかって思うくらい。

命のおせわだもん、大変に決まってる!
だから周りに助けてもらったり、協力しあったり、弱音を吐いたり、しないとね。

きっとあの言葉が彼女の中に残ったのは、私へ向けての言葉でもあったからなのかも。
実感と、願いのこもった言葉。あの時のわたしたちに、必要な言葉だったんだ。

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この前、ママ友と二子玉川駅で落ち合って、駅直結のカフェで朝食したの。
俗にいう、「朝活」かな

仕事も育児も忙しいし、休みの日は家族で過ごしたいし、なかなかゆっくり友達と二人で会っておしゃべりする時間、ないんだよね。
それどころか、一人でゆっくりコーヒー飲む時間もないくらい(笑)

そんなとき、友達が「朝の1時間、カフェでゆっくりしたら、それだけで心の余裕ができるよ」、っていうもんだから、早速便乗させてもらっちゃった!

バターたっぷりのトーストにカフェラテのモーニング。
仕事のこと、夫婦のこと、子どものこと、ファッションのこと…たくさん話して、あっという間の1時間。
朝からとっても充実しちゃった!
ワーママ的カフェ朝活、オススメです!
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朝は空いてたよ!7時からあいてる。

こんにちは、プラスの門田です。

 

これまで、私がどのように生き方を決め、 NGOを立ち上げるに至ったのかについて、お話ししました。

好評だった連載 「第1章 13歳のわたし」わたしが活動する理由 : 門田瑠衣子(もんだるいこ)
お仕事でとっても好評だったエッセイの転載です。---こんにちは、特定非営利活動法人エイズ孤児支援NGO・PLAS代表の門田です。新着情報を読んでいただき、ありがとうございます! これからできるだけ1~2日に1度は、活動にかける私の思いや、現地の様子など、みなさ
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そう、私はあの時は、

これから多くの子どもたちを救いたいと、希望にあふれていました。

今回は、そんな私が最初にぶつかった壁をお話しします。

 

NGOを立ち上げたはいいものの、

すべてを失い、誰も救えなかった、経験。

 

 ▼第3章 わたしは、誰も救うことができない

 

ただの大学院生だった人間が、 勢いでNGOを設立した。

 

それには一つの理由がありました。

一緒に立ち上げをした学生の仲間が、

アフリカのウガンダでボランティアをした経験があり、

スラムにあるエイズ孤児の小学校から支援を求められていたのです。

 

「まずはその小学校を支援しよう!」

2006年。私、24歳。

大学院を出ただけで、社会人経験0。貯金なし、職なし。

 

アフリカのスラムの小学校を救うために、

情熱だけをもって、日本を飛び出しました。

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当時は、日本で3か月バイトして、その後、2,3か月アフリカに行くということを繰り返していた。


 ◆ 命の危険と向き合いながら、支援をする

 

団体を立ち上げ、ウガンダには、私を慕ってくれたボランティアの仲間が20人。

みんな手弁当で手伝いにやってきてくれました。

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門田は真ん中。ボランティアの仲間はほとんどが大学生だった。


あろうことか、そんな中、建設中の小学校を、

突然、取り壊されそうになるという事件がおこりました。

 

ボロボロの青空教室は、雨が降ったら授業ができない状態でした。

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隙間だらけで、床は土の小学校。雨が降れば授業は中止。 それでも子どもたちは生き生きと学んでいました。


この教室を、雨が降っても勉強できて、安全な教室にしたい。

子どもたちに、のびのびと、勉強してほしい。

そんな思いで建設を始めました、

しかし、

「ここに学校はいらない」

「すぐに建設をやめないと、明日、学校を打ちこわしに行く」

と、脅迫を受けてしまったのです。

 

いつ、だれがスラムの中で自分を狙っているかわからないのです。

建物が壊されるだけでなく、私の身の安全も危ないのではないか。。。

夜も眠れない日がつづきました。

ともに活動するウガンダ人のボランティアが、常に一緒に行動して、 守ってくれました。

 

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 学校がお休みの夏休み期間に全面改築し、新学期を迎える計画でした。


自分はよいことをしているのに、どうしてスラムの人はわかってくれないの?


と、私は相手を責めるばかりで、相手と向き合う強さを持っていませんでした。

 

自分を正当化してばかりいたのです。

 

そんなとき、自分のいたらななさから、

大切なものを、さらに失って、どん底に落ちていってしまったのです。

 

 

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