ぼくは20歳で塩谷賢と湯島の「エスト」に行って、それ以来、バーというものはずっとエストの渡辺昭男さんに教えていただいてきた。



最初の頃は、カクテルを頼んでいて、いろいろ試していたのだけれども、そのうちに、なんとはなしに、これは渡辺さんが言われたというよりも、ぼくが勝手に悟ったというか、そういう気付きがあったのだと思うのだけれども、カクテルよりはスコッチとかをショットで飲むのがいい、みたいな感じになっていった。



もちろん、渡辺さんのカクテルは品格があり美しくてとてもおいしかった。



長らく「エスト」が私のバーの「イデア」であった。今でもそうだ。



昨日、小樽のオーセントのバーで、八重樫さんや田村さん(野田さんはいらっしゃらなかった)に「フィロソフィー」や「スワンレイク」や「ノスタルジー」や「ラヴィーアンローズ」といったカクテルをつくっていただいて、カクテルの概念が変わった。



八重樫さんも田村さんも、カクテルコンテストでグランプリをとられている方だけれども、そのような賞とか関係なく、出されたカクテルがすべて至上のものだった。



カクテルは、もちろん、いくつかのものを混ぜてつくる。



ところが、その混ざった結果が、ミックスという感じではなくて、この地上に最初からそのようなマテリアルが存在していたような、そんな印象を与える一杯だったのだ。



クオリアの芸術がグラスに盛られている。



しかも、見た目であるとか、飲んでいる間の経験の変化だとか、口あたりとか、冷たさだとか、そのようなものが一つの「経験」であって、オペラの一幕を見ているかのようだった。



田村さんにうかがったら、オリジナルカクテル、十数種類はあるという。



ミシェラン三ツ星の定義は、そのレストランに行くために、わざわざ旅をする価値があるということだけれども、オーセントの二階のキャプテンズバーのカクテルは、それを味わうためにわざわざ旅をする価値があるものだと思う。



カクテルの定義が、変わった。



そんなことをぼんやりしっとり考えていたら、工藤左千夫さんがいらしてすべてがにぎやかになっていった。



(クオリア日記)

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