沖縄のことがわからなくなった。 

 

茂木健一郎(脳科学者)

 

 初めて沖縄に行くことができたのは、大学生の時。まぶしい太陽の下、蝶たちが舞う風景に包まれて、「やっと来れた」と思った。

 以来、沖縄が大好きになって、三十回も四十回も訪れている。本島で言えば、南部から北部まで、ほぼ回った。渡嘉敷島、座間味島、久米島、宮古島、石垣島、西表島、竹富島、波照間島、久高島にも行った。

 沖縄の食べものが大好きになり、ソーキそばにコーレーグスをたっぷり入れて食べたり、泡盛を飲んで三線の音に耳を傾けるのが一番の心の贅沢となった。何よりも好きなのは「島らっきょう」で、出されるとたくさん食べてしまう。

 斎場御獄の様子に心を打たれて、沖縄を訪れる度に足を運んだ。自然のままの祈りの場に、高い精神文化を感じた。久高島の伊敷浜を歩いた時は、そこかしこにそっと置かれた白い石に、祈りを捧げる人の心を思った。

 コザのゲート通りを歩いて、米軍の兵士たちがたくさん集っている店の様子に、沖縄の現実を見た。普天間基地を見下ろす公園から、基地と住宅地が近接しているその状況を心に入れた。

 何度も沖縄を訪問しているうちに、自分の中に、沖縄のイメージが出来ていった。「沖縄通」とまで言うつもりはないけれども、沖縄のことが、だんだんわかって来ている、そんな風に思えてきていた。

 ある時、沖縄に来ていて、ふと、今まで会った沖縄の人たちのことを思い出した。学生さん、居酒屋で会った市会議員さん、民宿のおばさん、お店の人、芸人さん、琉球大学の先生、通りすがりの人。その、個性あふれる顔のさまざまを思い出していた。そうしたら、その一人ひとりの存在が、わっと自分に迫ってきて、突然、沖縄のことがわからなくなった。沖縄はこうだ、という一つのイメージが、作れなくなってしまったのである。

 旅行者というものは、訪れた土地について、ある印象を持つ。その印象が深まっていって、さらに「解像度」が上がってきた時、むしろ印象がばらけて、ユニークな個が見えてくるのだろう。

 今、私は、沖縄がわからない。さまざまな人がいる。いろいろな個性がある。沖縄を知る中で、ようやくそんな風景が見えてきた。一つの沖縄で、自分の経験をまとめることができない。逆に言えば、そこまで来れたということだろう。これからも、沖縄との縁を大切にしていきたい。

このエッセイは、雑誌「モモト」のために書かれ、掲載された文章です。

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