九州を朝新幹線に乗って、ずっと目を閉じて眠っていた。


 名古屋駅について、ロッカーに荷物を入れて、ようやくタクシーに乗った。


 津田大介さんのとりくんだ大きな仕事だから、全く見ないで終わるのは悲しい。


 まったく困った話で、8月1日から10月14日までの会期中、本当にこの日(10月8日)だけしか「一瞬」でも立ち寄れる論理的な可能性というか隙間がなかったのである。

 

 そんなスケジュールのありさまだから、風邪を引いてもゆっくり休めずに、長引いてしまうのだろうけれども。


 タクシーから見たら、プラカードのようなものを持った方々が見えて、やがて到着した。


 愛知県立芸術文化センターには前にも来たことがあるはずだが、トリエンナーレのメイン会場として改めて見ると、ほんとうに都会の真ん中の芸術祭なのだという気がする。


 エレベーターで10階に上がると、たいへんな状況になっていた。ちょうど、抽選待ちの人たちが集まっている時間帯だったらしく、ロビーがごったがえしている。報道の人たちの数もすさまじく、抽選待ちをされている方々の様子を撮影していた。


 ぼくはもともと「あいちトリエンナーレ」の全会期中この日しかこれる可能性がなかったわけだけれども、ちょうどその日に「表現の不自由展」が再開されることになるとは思わなかった。


 ぼくはとにかく目立たないように、そそくさと入場券を買って会場を見始めた。


 ぼくはなぜ現代アートが好きなのだろう。


 時代と向き合う。人間と向き合う。一人ひとりのアーティストが、その生涯や存在をかけて作品を示す。


 その過程でしぼりこまれるもの。削ぎ落とされるたくさんのこと。それがシグナルの強度となって、こちらにずどんとくる。


 「情の時代」というテーマはあれども、アーティストは一人ひとり、孤独で晴れやかな魂をもって明かりを置いてくる。


 会場を歩いていると、一つひとつの作品の強度が、空間の中に現象学的に配置されていて、それが現代というものなのかもしれないと思った。


 ピエロの部屋で、なんにんかのピエロのよこに座ってみた。


 一つひとつが精密にあって、その並列でしか生まれない余韻がある。


 60分間笑い続けろという作品では真ん中のおじさんがずっと笑い続けているように見えたが、自分という存在のあり方、ゆらぎにより忠実だったのは、周囲の、あるいはあいまいに笑い、時にはすっかり真顔になって、また思い出したように笑っている人たちだったのかもしれない。


 私たちの感情だって、原子化している。そしてそれは量子的に広がっている。


 ずっと目立たないようにひそやかに歩いていたのだけれども、それでも時々声をかけられて、そしてアートスタッフの方々に見つかってしまった。


 「津田さん、来てますよ!」

というので、4人と撮った写真とともに「来ました!」とメッセージを送ったら、即座に、「おつかれさまです!」と津田さんから返事がきた。


 そのうちに周囲が騒がしくなってきた。私たちが立ち話をしていたのは「表現の不自由展」の入り口近くの、うまいぐわいに影になるところだったが、テレビカメラの放列が入場するシーンを撮ろうと準備を始めた。「河村市長がいらっしゃる」という声も聞こえた。


 そこで、4人のお姿が見えなくなったのを良い機会に、会場の残りを急いで周り、離脱した。


 不思議なことがあったのは、駅への帰りである。


 会場周囲ではプラカードを持っている方々もいらっしゃるし、テレビカメラもうろうろしているし、まいったなあと思ったらちょうどタクシーが一台来た。


 しめた、あれに乗ろう、と思って近づいたら、なんと降りてきたのはスプツニ子さんだった。


 スプさん、前にも来たけど、もう一度来たのだという。


 こんな再会の仕方もあるのかと、スプツニ子さんと二人で笑った。


 風邪で頭がぼんやりしている中、急ぎ足のあいちトリエンナーレだったが、なによりも思ったのは、根本感情が美しいことの大切さである。


 どんな表現をするにせよ、その根本感情が美しくないと外してしまう。


 あとは、抽象化の深さだろうか。


 現代アートは事象をとらえる抽象化の深い作品が、やはりのちのちまでに響くかたちで残るように思う。


 たとえばマルセル・デュシャンの「大ガラス」のように。


(クオリア日記)