連続ツイート2349回をお届けします。文章はその場で即興で書いています。本日は、感想です。


小中学校でトロッコ問題の授業をしたというニュース、2つの意味で驚いた。一つはそんなに先端的なことをやっているのか、大いに結構という驚きで、もうひとつは、保護者から抗議を受けて、調べてみたら子どもが不安を感じていたから、謝罪したというニュースに驚いた。


トロッコ問題は、たとえば自動運転のアルゴリズムを考える際に欠かせない視点であって、今後の社会を生きていく子どもたちが考えるのは大いに結構なことである。教科書にはおそらく出ていないのだろうから、それを補助教材で扱うことは推奨されこそすれ学校側が謝罪することではない。


トロッコ問題で子どもたちが「不安」になったということだけれども、もともと、マイケル・サンデル教授がジャステイスでやって有名になったように、「理性のゆらぎ」を起こすのがトロッコ問題の本質で、適切な教育的配慮があれば大いに結構なことだと思う。


トロッコ問題は、私たちがふだん何気なく考えている無意識の構造の前提を明らかにすることですぐれた思考のきっかけになる。功利主義や評価関数、倫理の文脈依存性などについて、カントや神経科学を参照して考える上で、これほど適切な問題はない。


トロッコ問題は現実のさまざまな問題に比べればむしろその設定はトイプロブレムというかトリビアルで、たとえばなぜ操作と犠牲者の人数が事前に確定して提示、認識されているのか、現実の状況下では不確定だからこそ人間の判断は揺らぐのではないかという批判は正当で、子どもが気づけば素晴らしい。


いずれにせよ、新聞社がトロッコ問題の学校現場への導入についてあのような記事を書く背景には、一般に、日本の学校において不確実性が伴うような問題において理性に基づく批判的思考を養うことが忌避されていることと無縁ではないと思う。あの記事のスタンスはナイーブで、洞察が足りなかった。


倫理について考えるという意味では、小中学校の道徳の時間にいかにも教えられそうな、「人の立場で考えよう」とか「やさしい人になろう」とか、「親切にしよう」といったふわっとしたスローガンの方が、よほどその曖昧さの中にさまざまな問題が含まれていると、鋭い子どもなら気づいてしまうだろう。


「みんなでいっしょに」「人にやさしく親切に」「他人の気持ちがわかる人」のようなゆるふわの道徳的スローガンの方が、よほどコミュニティや不良設定問題や評価関数といった側面において、突き詰めれば「トロッコ問題」よりも深刻な相反があって、鋭い子はむしろそっちに「不安」になるのではないか。


「トロッコ問題」のトリビアルな矛盾には気づくのに、「みんないっしょにやさしく人に親切にしましょう」といったゆるふわの中の矛盾には気づかないということが日本の教育の現状における致命的な脆弱性、欠落と関連していて、今回のニュースはそのような構造を露呈してしまっていると私は考える。


以上、連続ツイート2349回、「「トロッコ問題」のトリビアルな矛盾には気づくのに、「みんないっしょにやさしく人に親切にしましょう」といったゆるふわの中の矛盾には気づかない」をテーマに、9つのツイートをお届けしました。

(当初2348回として配信されましたが、訂正いたしました)

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