連続ツイート2334回をお届けします。文章はその場で即興で書いています。本日は、感想です。


「生物多様性」はとても大切だが、同時に、とてもむずかしいと思う。たとえば東京都区部で見られる蝶はせいぜい数十種類だと思うけれども、それを見てわかるにはある程度の修練がいる。日本全体だと二百数十種類だけれども、それがわかるのもある程度修業がいる。


ぼくは子どもの頃から蝶をやっていたので、日本国内の蝶はほぼわかるけれども、これが蛾になるとかなりあやしくなる。オオミズアオとかオオスカシバ、ホウジャクとかはわかるけれども、ちっこくていろいろなのはよくわからなくなる。トンボもわかるやつはわかるけど、わからないやつはわからない。


養老先生はゾウムシをやっていらっしゃるわけだけれども、ゾウムシもよくわからない。クワガタはだいたいわかるけれども、ハムシになるとあやしい。つまり、身近な自然の中にいる昆虫類でさえ、その多様性をすべて認識できない。


生物多様性は大切だけれども、身近な植物、昆虫、鳥を認識するだけでもかなり大変で、いくら勉強しても追いつかないところがある。多様性というのはそういうことで、圧倒的な豊穣がそこにあるのだと思う。


バードウォッチングの世界では「ビッグイヤー」というのがあって、一年でどれくらいの種類の鳥を認識できたかを競う。写真やビデオ、録音などの「証拠」を示す必要はなく、ゴルフのスコアと同じような自己申告のhonor systemで、見ても、聞いても、その種の鳥がいたと自分がわかればいい。


「ビッグイヤー」の世界記録は、確か数千種類だったと思うけれども、多様性は結局このような認識そのものに帰着するのだと思う。人間の多様性もそうで、毎日出会うさまざまな人たちのさまざまなあり方をそのまま受け止めることで、自分の中の多様性を耕していくしかない。


多様性において、言葉にしたり、ラベル化したり、そのようなことをするのは大切だけれども、限界があって、結局その場その時で感じるしかないと思えば、近所の公園にお散歩に行くときに清新なhonor systemが立ち上がるだろう。そのようにして日々を過ごす人には祝福がある。


以上、連続ツイート2334回「多様性を感じて、自分の中の多様性を耕すことが人生を豊かにする」をテーマに7つのツイートをお届けしました。

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