漱石の『三四郎』の中で、広田先生がずっと昔に見た女の子のことを覚えているという会話があるけれども、あるときにある場所で見た人が印象に残ってずっと覚えているということはあると思う。


たとえば、私は、小学校3年生のときの全校集会で、前に立っていた男の先生の表情が印象的で未だに覚えている。


その先生は学年も離れた担当で、名前も知らないし、話したこともなかったんだけれども、集会の間にこにこ笑っていて、時々こっちを見て笑っているようにも見えて、それがとても印象的だった。


その後にも、その先生と話したことは一度もなく、結局名前もわからないままになった。


だから、人生で深いかかわりがあったわけでもないし、ただ通りすがっただけなんだけど、なぜか心に残っている人というのはいて、そのことを漱石は『三四郎』で書いているのだろうと思う。


みなさんも、そういう人がいますか?


(クオリア日記)