連続ツイート2296回をお届けします。文章はその場で即興で書いています。本日は、感想です。


表現の自由とか、公益性だとか、そういうことについては当然いろいろな考えの方がいらっしゃるわけだけれども、今の日本においては、表現の自由や、個人のユニークさを尊重するという考え方の人が、典型的な文明国に比べると比較的少ないのかなと思う。つまり割合の問題だ。


公費のサポートを受けているから、こういうアート表現はいけない、という考え方に賛成する方と、いやそういうのはよくないでしょうという方は、当然両方いらっしゃるわけだけれども、日本では、その割合が、典型的な文明国とは違っているように印象付けられる。


アートや文化全般を公費でサポートするというのは、メタレベルでの表現活動の可能性を支援するということで、その結果どのような作品が出てくるかということまでいちいち精査しないし介入しないというのが典型的な文明国の理解だと思うが、日本ではそのような考え方の人が比較的少ないらしい。


考え方や感性は、国境や言語を簡単に超えるけれども、あるスペクトラムの中で、何に共感するかというその統計的な分布は国によって違うわけで、日本の場合、典型的な文明国とは違った分布をしているのだなということが客観的な分析だろう。


さらに、そこに「同化圧力」が加わる。社会の空気を読んで、どっちが多数派になりそうかと考えて、そちらに加わって安心するというダイナミクスが加わると、いとも簡単にある特定の見方、考え方が支配的であるかのような空気が生まれてしまう。トリビアルな方程式で表現できる。


統計と、同化圧力と。そのような単純な話だと考えると、アート表現をめぐる一見熱く見える議論が馬鹿らしい。要するに自分の頭で考えて、自分の感性で動けばいい。その結果、日本では少数派に置かれたとしても、文明では多数派だし、連帯すれば別に大したことではない。多数派はまどろんでいればいい。


以上、連続ツイート2296回「統計と同化圧力で形成される多数派はまどろんでいればいい」をテーマに6つのツイートをお届けしました。

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