連続ツイート2251回をお届けします。文章はその場で即興で書いています。本日は、感想です。

堀江貴文さんが、年金デモのことについて発言されて、それが「炎上」しているようだ。私がふだん尊敬している方々の多くが堀江さんの発言に反発されて、批判を加えていらっしゃる。私はデモはやりたい方がやる権利があると思うし、私だったらデモ批判はしないけれども、堀江さんのことも批判はしない。

堀江貴文さんとはお話する機会がいろいろあるけれども、いつも思うのは、堀江さんの発言の後ろにある内部の論理や思考回路は、必ずしも常に自明ではないということだ。以前の保育園の問題で炎上したときも、堀江さんんと話していたら、真意は、子どもを持つ家庭に直接給付した方がいいということだった

保育園や幼稚園の定員をうんぬんとすると、既存の枠を前提に、子どもたちのケアをどうするかになるけれども、堀江さんはそれよりも、子どもを持つシングルマザーの方などに直接給付して、どう使うか(仕事を減らすのか、ベビーシッターなどを使うのか)は母親の自由にしたらという意見と理解した。

私自身はデモを批判しようとは思わないけれども、今回の年金デモについての堀江貴文さんの発言にしても、堀江さんなりの論理や思考の道筋があるはずで、堀江はこう考えているのだろうと決めつけて批判するよりも、まずはじっくり考えてみたらどうかと思う。

喩えは適切かどうかわからないけれども、三島由紀夫さんが亡くなった後、三島さんのご友人が、私は三島は批判しない、友人であることは、その友人のやったことをまるごととりあえず受け入れることだ、と言われたのだと思うけれども、他者性への向き合い方は、私はそのようなものだと考えている。

堀江貴文さんとは友人かどうかわからないけれども、私は大切な友人のひとりと思っているし、その友人がある発言、行動をした時に、とりあえずは、そのような何らかの必然性があったのだろうと受け入れて、その上でいろいろと感じ、考えるようにしたいと思っている。

私は経済格差の問題は是正されるべきだと思っているし、年金制度も、与党が運営しても野党が運営してもそれほど差はないかもしれないけれど、もっとみんなが関心を持ってリソースを注ぐべきだと思っている。デモもどちらかというと賛成だ。だけど、堀江さんへの向き合いかたはそれとは別問題だ。

今回の堀江貴文さんの年金デモ問題の「炎上」を見ていても思うのだけれども、人間はネット上ではどうしても相手はこうだと決めつけがちで、しかもいろいろと連想するものだから炎が広がりやすい。他人のことはそう簡単にわからないという他者性をもっと大切にしたいなと私は考える。

以上、連続ツイート2251回「堀江貴文さんの年金デモ発言の炎上から考える、ネットにおける他者性」をテーマに、8つのツイートをお届けしました。