連続ツイート2194回をお届けします。文章はその場で即興で書いています。本日は、文章について。


教室で過ごす時間は長いが、そのうちの殆どは忘れてしまう。あるいは、無意識の知識やスキルに落ちてしまう。記憶に残っているのはよほど鮮明な印象を与えたことである。小学校の時、先生が、学力の中で文章力こそがいちばん大切なことの一つだとおっしゃったのが記憶に残る。


文章は恐ろしい。その人の全てが表れてしまう。遠く時や場所が離れた人の文章を読んでも、その人の人柄が伝わってくるように感じられるのは、言葉の配列からその人の内部状態が見えてしまうからだろう。センスや美意識のようなものまでかいまみえてしまう。


文章は、ごまかしがきかない。語彙が多いにこしたことはないが、少ない言葉でも、心に響く文章をつづることはできる。「巧言令色鮮し仁」ということもある。面接で言葉を発することで、候補者の人柄が見えてしまうというのは面接者は誰でも経験していることだろう。


何よりも大切なことの一つは、概念形成の深さと複雑さである。話しているときに、その人がどれくらい深い概念のレイヤーを背景にしているか。そのことで迫力が違ってくるし、その人の言うことの説得力も左右されてしまう。


書き言葉だけでなく、話し言葉もまた、その人柄を伝える。話し言葉には、イントネーションやリズムといった音楽的な要素も加わる。その人の今まで生きてきた歴史がすべて露呈してしまう。だからこそ、言葉は頼もしいし、また怖い。


言葉を磨くことは話すことでも書くことでも大切だが、そのための最低限の前提条件として、自分の言葉を使うということがある。借り物の言葉で話したり書いたりしている限り、いつまで経っても言葉は自分のものにならず、磨かれず、成長しない。言葉は自分の鏡であり、履歴書であり、通知表なのだ。


以上、連続ツイート2194回「言葉に顕れる自分はごまかせない」をテーマに、6つのツイートをお届けしました。

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