イギリスの生活に欠かせない「ミニマリズム」について

 

 イギリスに旅行や仕事、留学で出かけようとする人は、二重の意味で生活に本当に必要なものは何かということを考えさせられることになる。

 まず第一に、もちろん、それほど多くのものを日本からイギリスまで運ぶことはできないから、自ずから持って行くものを精選することになる。そして、第二に、(これが重要な点だが)イギリスという国は、日本という「便利な」(そしてしばしば、必要以上に「便利な」)国から比べると、様々な意味で「不便な」国であるということである。従って、日本からイギリスへ向かう飛行機がシベリアの上空を通過するとともに、あなたは、頭の中で、一体生活の中で本当に必要なものは何か、必要だと思っていたが、本当は無くてもよいものは何かということを考えるメンタルトレーニングを始める必要がある。そう、あなたは、イギリス生活に欠かせない「ミニマリズム」(最小主義)を身につける長い修業の期間に入ったのである。

 実際、イギリス人は、国全体が修道院に入って修業しているような国である。彼らが戦争を得意とするのも当然である。戦争においては、一般に、日常生活の物質的必要を最小限にとどめて、その分を戦争遂行に振り向けなければならないのだが、彼らは、もともと必要最小限の物質で生活している(「日常的なミニマリズム」!)ので、普段から戦争をしているようなものなのである!

 一方、日本人は、普段「ミニマリズム」とは程遠い生活をしている。とは言っても、「ミニマリズム」は、努力すれば身につかないというものでもない。例えば、我々が当たり前だと思っているコンビニエンスストアや、自動販売機や、タッチ一回ですっと開く自動改札や、時刻通りに動く鉄道は、考えてみれば、最低限の生存の為には必要ではない「贅沢」なのである。従って、人間の生活に必要な最小限度のものは何かと考え、そのことに集中すれば、自然とミニマリズムの精神が身についていくだろう。

 ミニマリズムの精神を身に付けることは、例えば、日本の社会を本当の意味での「地方の時代」へと導くことに役立つ。いくら、「地方の時代」になって地方都市が豊かになってきたとしても、東京などの大都会に比べれば、文化施設、文化ソフト(コンサート、映画、演劇)等、様々な面で見劣りすることは仕方のないことである。地方都市に住んで、しかも生活を楽しもうと思ったら、是非とも、ミニマリズムの精神を身に付けることである。そのことが、日本に真の意味での「地方の時代」を根付かせることにつながるだろう。

 それに、イギリスの田舎には、いくら「ミニマリズム」とは言っても、ちゃんと、必要最低限の文化、社交の現場が存在するのである。

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(著者注 この原稿は、1995年、最初の英国滞在の際に書いたものです。茂木健一郎)