オリラジの中田敦彦さんがテレビの仕事を「干されている」という趣旨のネットニュースが目に入ってきたので、一言。


 思うのだけれども、このようなニュースの前提は、テレビという「村」があって、その中であうんの呼吸で何らかの意思決定がある、だから、個々のプロデューサーの判断とかではなくて、いわば、「テレビ村」の総意として中田さんが干されている、という認識なのだと思う。


 そんなことはないだろうと思うし、また、もしそんなことがあるのならば、テレビ村は本当に「村」なのだと思う。


 また、このような記事には、「テレビ」がなんといっても大切な仕事の場であり、そこに出ないことは「干される」ことだという前提があると思う。


 だが、果たしてそうだろうか?


 何度か書いているけれども、今の小学生、中学生、高校生、大学生、若者と喋っていると、ほんとうにテレビを見ていない。

 見ているとしても、話題になったものをyoutubeなどの動画サイトで確認するのである。


 予算的にも、体制的にもテレビは未だ力を持っているのだろうけれども、若い世代への影響という意味においてはどんどんそのプレゼンスが低下している。


 若い世代にとっては、


 ネット>>>>テレビ


なのである。


 だから、日本だけでなく世界を視野においたり、また、若い世代を始め、さまざまな文化に興味を持つひとへの浸透、影響力を考える人にとっては、テレビはもはや唯一の選択肢にはなっていない。

 優先順位が変わってしまったのだ。


 逆に言えば、もし、テレビが、縮小していく市場の中でまったりしているのではなくて、今のテレビがアウトリーチしていない層への影響力を維持、拡大したいと考えているのならば、中田さんや村本さん、西野さんといった「はじけもの」の力を借りないとどうしょうもないと思う。


 「日本のお笑い」について一言付け加える。

 昨年の私の発言に不用意な点があったことは反省し、おわびしている。

 あの後、さまざまな芸人さんと話して、芸人さんというよりは、テレビというメディアの問題なのだということはよくわかった。 

 芸人さんたちには、あらためておわびいたします。


 そのテレビだが、今のままでいいとはとても思えない。

 村本さんずいぶんがんばっていらっしゃるけれども、そのような批判的コメディを取り入れるくらいじゃないと、若い世代への浸透は難しいと思う。


 今のメディアは、一年単位どころか、月単位で、風景が変わっていっているのだ。

 変わらないのが、変われないのがテレビだとしたら、また、テレビが「村」で誰かを「干す」とかなんとか言っていて、それを前提に雑誌が記事を書くようでは、ますます影響力は低下していくばかりだと思う。


 テレビが中田さんを干すのではなく、中田さんがテレビを干すことこそを恐れるべき時代になっているのではないかと思う。


 今は上の表現が極端に思えるかもしれないけれども、数年のうちにきっとそうなると私には思えてならない。

 テレビの制作の方々に、メディア状況の激変をよく考えて、未来を見据えた、斬新な番組つくりをお願いしたい。そうでないと、公共の電波や、せっかくのスタッフの努力がもったいない。


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