連続ツイート第2124回をお届けします。文章はその場で即興で書いています。本日は、「感性」について。


人工知能で定量的な評価関数の最適化はできる時代だから、人間に求められるものの一つとして、「感性」がある。なにが美しいか、きれいか、よい方向か。そのような感性は容易に定義できないし最適化できないから、人間が担うしかない。


感性に正解がないのはもちろんのことである。ただ、説得力のようなものはある。アウラという言葉を使ってもいい。説得力やアウラも唯一のものではないかもしれない。ただ、どのような人がその感性に惹きつけられるかというコミュニティやクラスターはある。


自分の感性を磨くためには、評価を他人任せにしないで、自分で感じるしかない。向き合うしかない。それで、判断を間違ってもいい。自分で感じて、動くことを積み重ねないと、自分の感性はいつまで経っても磨かれない。


この作品はいいとか、そのような評価や評判を参考にしてもいい。ただ、最後は、やはり、自分の感性で向き合わないといけない。それは心が裸になることである。無防備になることである。その上で、自分だけの言葉がでてくるようになると、一番よい。


権威は参考にしてもいいけれども、それにのっとられてはいけない。まるで今日生まれた赤子のように世界を観ることが大切である。感性は、知識では決して補えない。ましてや体系などでは救えない。学問が時に感性の邪魔になるのは、そのためである。


感性は「今、ここ、目の前」に没入することで磨かれるのであって、自分と対象がなんの壁もなく行き来しなければならない。それは頼りないことであるが、一方で生きることを実感できることでもある。感性とは、つまりは、生きることを引き受けることによって生まれる魂のふるえだ。


以上、連続ツイート第2124回「感性について」をテーマに6つのツイートをお届けしました。


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