ロケットさん

こんばんは
僕は高校二年生の男子です。
最近になって僕は何をすればいいのかわかりません。普通は勉強をするべきなんだろうと思います。家も裕福ではないので、親には国公立の大学に行きなさいと言われます。僕も出来ればそうしたいです。
今月のある日祖父が危篤になりました。祖父は遠くに住んでいるので僕はカレンダーの予定を見ました。その時にその日は模試を受ける日だと気づきました。模試は手遅れです。学校にはどのように連絡しようかと悩みました。
僕は模試がある事を忘れてた事に気づくと同時に、祖父の危篤よりもその事に焦っている自分がいる事が分かってしまいました。
祖父はそのまま次の日に亡くなりましたが、僕は悲しめませんでした。別に祖父が嫌いな訳ではありません。よく世話をしてもらったし、むしろ好きだったと思います。僕は自身の事が嫌いになりそうでした。
僕は僕自身の事がわからなくなってきました。模試よりも大切な事です。勉強よりも大切だと思います。
僕は最近になってサリンジャーの「ザ・キャッチャー・イン・ザ・ライ」(村上春樹訳)を読みました。僕は自由にしてみたいと思いました。
先日は夏休み中の学校登校日でした。友達は課題を焦ってやっていました。答えを写す人もいます。僕も課題をやっていなかったのですが、それを見ていると何のために課題をするのかわからなくなってきました。課題は先生に見せるためにやるためではなく生徒のためにあるものです。僕は僕のために勉強をするのだと思います。そんな事を考えていると課題をしたくなくなりました。僕は僕の勉強をすればいいと思いました。でも自信がありません。やった事もありません。不安です。もう夏休みの課題はやりたいものだけをやるつもりです。自分勝手なだけでしょうか、僕はわかりません。僕がするべき事がわかりません。どこか遠くへ1人で行ってみたらなにか変わるでしょうか
酷い文章ですみません。
よろしくお願いします。

ご回答。

お祖父のご逝去、心からご冥福を申し上げます。

ロケットさんの文章を読んでいると、とてもいいです。
特に、「こう感じるべきだ」「これが正しい」という観念ではなく、実際に自分が感じている心の動き、機微を、そのままとらえることができているのがとても素敵です。

今、青春真っ只中のロケットさん。

進路や、自分のアイデンティティなど、いろいろ迷うこと、模索することがあるでしょう。

まさに、「ザ・キャッチャー・イン・ザ・ライ」の主人公のように、さまざまなゆらぎがあることでしょう。

その結果、どのような道が開けてくるのかわかりませんが、ゆらぐ、ということが青春そのものなのですから、そのゆらぐ、という自分のあり方を、これからも、この文章に顕れているように、観察してみてください。

古今の本を読むことも、自分が経験していることを振り返り、深める上で役に立つかもしれません。

また、ここに来てくださいね。

nounandemo

 
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