セレンディピティの3要素は、Action (行動)、Awareness(気づき)、Acceptance(受容)である。このうち、行動は、理由がある必要はないのであって、どんな理由であっても、とにかく行動すれば良い。

Aという目標のために行動していたら、Bに出会うというのがセレンディピティであり、Aは極端なことを言えば何でもいい。もちろん、統計的に言ってAとBの間に相関がある場合もあるかもしれないが、そんなことを気にせずに(相関が低い場合も実際多いわけだから)とにかく行動するのが良い。

行動するということは、つまり物理的空間やサイバースペース、ソーシャルネットワークの中で移動することであり、その移動にともなって異なる「景色」が見えることがセレンディピティにつながる。やみくもに行動するのでも、全く構わない。

セレンディピティを体感しようと思ったら、街歩きをするのがいい。知らない街や、知っている街でもふだん通ったことがないところを歩いていると、「おや、こんなところにこんなものが」というものが必ずあるはずである。その偶然の出会いが、セレンディピティの一つの「型」として学習されていく。

つまり、セレンディピティは散歩の途中で見つかるなにか、だと思っていればまあ間違いない。どんな理由でも、あるいは理由なんてなくても、とにかく行動という「散歩」をすれば良いのである。そのことで自分の視点が移動することが大切だ。

行動には目的や合理性がなければいけないと思いこんでいるのが一番良くない。行動に必要なのは、むしろおっちょこちょいである。理由もなく、目的もなく、ただ、とにかく身体や頭を動かすのが好きな人が、一番セレンディピティにあたる確率が高くなる。

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