月別アーカイブ / 2020年09月



 堀江貴文さんと尾道の餃子屋さんとのことだけど、ぼくはユーチューブでも話したけれども、コミュニケーションのすれ違いだったのかな、と思う。


 それで、マスクについていろいろ気遣いする世の流れはわかるけれども、可能な限りおおらかな気持ちでいられたらいいなあ、と思う。


 マスクについてのポリシーはお店の自由だけれども、もしできるならば、マスクを忘れてしまったとか、持ち合わせていないお客さんのために、店側でマスクを提供するとか、あるいは売るというやり方もあるんじゃないかと思う。


 ジャケットが必要、というお店が、たまたまジャケットなしで来店されたお客さんのために貸し出すとかいうように。


 お店の方でそこまでやることはできない、というのも理解できるけれども、逆にそこまでやれたら素敵だと思う。


(クオリア日記)




  秋になると、虫の声が目立つようになるけれども、彼らは春、夏と生まれて成長してきているのだから、ほんとうはずっとそこにいる。


 だけど、姿が見えないから、まるで突然降臨したように感じられる。


 だんだん寒くなってくる中で、自分たちの生命をもやそうと鳴く虫たち。


 だから心を打つのだろうか。


(クオリア日記)


 尾崎裕哉さんとお話した。


 尾崎さんは、ジョン・メイヤーやエド・シーランが好きで、その音楽性がますます広く豊かになっているのは、そのあたりのスピリットの流入もあるのかなと思う。


 お父さまゆずりの声のすばらしさは相変わらずだけど。


 それで、尾崎さんが、エド・シーランは有名になる前から注目していて好きだった、というのでさすが、と思った。


 グラミー賞とか取りまくってくれまくる前の無名の頃からエド・シーランいい、と思っていたらしい。


 こういうところがとても大切で、尾崎裕哉さんの音楽のアンテナの鋭さを象徴するエピソードだと思う。


 ところで、うちの某スマートスピーカーは、「おざきひろやの○○をかけて」というと、なぜか「おざきゆうや」と言い返して、正しい曲をかける。


 ご本人に聞いたら、読み方間違っている人たくさんいて、スマートスピーカーも間違うくらいだからなあ、とぼくは笑った。


(クオリア日記)

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