月別アーカイブ / 2019年10月

沖縄のことがわからなくなった。 

 

茂木健一郎(脳科学者)

 

 初めて沖縄に行くことができたのは、大学生の時。まぶしい太陽の下、蝶たちが舞う風景に包まれて、「やっと来れた」と思った。

 以来、沖縄が大好きになって、三十回も四十回も訪れている。本島で言えば、南部から北部まで、ほぼ回った。渡嘉敷島、座間味島、久米島、宮古島、石垣島、西表島、竹富島、波照間島、久高島にも行った。

 沖縄の食べものが大好きになり、ソーキそばにコーレーグスをたっぷり入れて食べたり、泡盛を飲んで三線の音に耳を傾けるのが一番の心の贅沢となった。何よりも好きなのは「島らっきょう」で、出されるとたくさん食べてしまう。

 斎場御獄の様子に心を打たれて、沖縄を訪れる度に足を運んだ。自然のままの祈りの場に、高い精神文化を感じた。久高島の伊敷浜を歩いた時は、そこかしこにそっと置かれた白い石に、祈りを捧げる人の心を思った。

 コザのゲート通りを歩いて、米軍の兵士たちがたくさん集っている店の様子に、沖縄の現実を見た。普天間基地を見下ろす公園から、基地と住宅地が近接しているその状況を心に入れた。

 何度も沖縄を訪問しているうちに、自分の中に、沖縄のイメージが出来ていった。「沖縄通」とまで言うつもりはないけれども、沖縄のことが、だんだんわかって来ている、そんな風に思えてきていた。

 ある時、沖縄に来ていて、ふと、今まで会った沖縄の人たちのことを思い出した。学生さん、居酒屋で会った市会議員さん、民宿のおばさん、お店の人、芸人さん、琉球大学の先生、通りすがりの人。その、個性あふれる顔のさまざまを思い出していた。そうしたら、その一人ひとりの存在が、わっと自分に迫ってきて、突然、沖縄のことがわからなくなった。沖縄はこうだ、という一つのイメージが、作れなくなってしまったのである。

 旅行者というものは、訪れた土地について、ある印象を持つ。その印象が深まっていって、さらに「解像度」が上がってきた時、むしろ印象がばらけて、ユニークな個が見えてくるのだろう。

 今、私は、沖縄がわからない。さまざまな人がいる。いろいろな個性がある。沖縄を知る中で、ようやくそんな風景が見えてきた。一つの沖縄で、自分の経験をまとめることができない。逆に言えば、そこまで来れたということだろう。これからも、沖縄との縁を大切にしていきたい。

このエッセイは、雑誌「モモト」のために書かれ、掲載された文章です。

https://www.momoto.online/

沖縄の魂

 

 茂木健一郎(脳科学者)

 

 沖縄に行くようになってしばらくして、自分の中に沖縄本島の「脳内地図」のようなものができた。

 那覇があって、近くに首里城があって、東の方には斎場御嶽がある。斎場御嶽からは、久高島が見える。北の方に行くと、やんばるの森がある。やんばるの森に行く途中に、水族館がある。 

 泊港からは、渡嘉敷や座間味などに行ける。

 きわめて大雑把だけれども、そんなイメージを持っていた。

 沖縄にもかなり慣れ親しんだと思い始めていたある時、車で、偶然コザを通りかかった。

 街に入った瞬間、「風」が吹いたような気がした。そして、私の中の沖縄の脳内地図が一新された。

 私は、コザの街の気配に魅せられてしまったのである。

 最初に目に入ったのは、「コザ・ミュージックタウン」だったではないかと思う。見た瞬間に、「ああ」と思った。どこかで耳にしたことがあったのだろう。どこからか、エイサーの音楽が聞こえてくるような気がした。

 コザの街を歩いた。心が独特の雰囲気に満たされた。

 ゲート通り。基地の前に、国際色豊かな街並みが広がる。

 「チャーリー多幸寿」を見つけて、さっそく入った。ゲート通りで長年営業している名物レストラン。タコスやタコライスを食べながら、コーラを飲んだ。染み込んできた。

 チャーリー多幸寿を出て街を行くと、アメリカの人たちが何人か連れ立って歩いていたり、お店の中で談笑したりしているのが見えた。

 コザには、沖縄の近代の歴史が凝縮されている。その中で、人々が生きてきた。独自の文化が栄えてきた。

 コザの空気は濃い。独特のユニークな雰囲気がある。命が息づいている。

 

 那覇を何度も訪れ、本島を一通り回ったつもりでいた私にとって、コザは、まるでもうひとつの沖縄の「古層」のように感じられた。

 以来、沖縄を訪れる時、時間が許せば那覇だけでなくコザにも泊まるようにしている。

 コザには、志に満ちた若者たちのやっているスペースがあったり、趣向を凝らしたホテルがあったり、起業をする仲間たちの空間があったりなど、新しい動きがたくさんある。

 そんな様子を見ていて、コザの夜の匂いに包まれていると、二度とは戻らない時間の中を懸命に生きてきた沖縄の魂に触れるような思いがあって、私の芯がにじんでくる。

 照屋林助三線店のあるあたりの空気も好きだ。

 沖縄の魂そのものに、私はまだ触れることができないでいるのかもしれないけれども、その周辺を、ふわふわと、一人の旅行者として漂っている。

このエッセイは、雑誌「モモト」のために書かれ、掲載された文章です。

https://www.momoto.online/

沖縄の恵みと野球の精神

 

 茂木健一郎(脳科学者)

 

 あれはいつのことだったか、那覇空港でお寿司を食べたことがあった。確か、東京に戻る前に少し時間が空いたのだと思う。

 ターミナルの中にあるその店は風格があって、私はテーブル席に座った。

 カウンターには、何人かのおじさまたちがいらして、かなり存在感があった。皆、体つきが何とはなしに大きくて、それなりのお年なのだけれども、筋肉ががっちり締まっている。

 盛り上がっていらして、そのうちの一人のお顔がちらりと見えて、おやと思った。元プロ野球選手の金田正一さんである。周りを見たら、全員有名な元選手たちである。それで、ああと思った。

 通算200勝、250セーブ、あるいは2000本安打を基準とするプロ野球の卓越したプレイヤーのOB会、「日本プロ野球名球会」の会合だったのだ。

 名球会の方々は時々沖縄にいらしているようだけれども、それだけ沖縄とプロ野球は縁が深い。

 私は那覇に泊まった時には、朝、奥武山公園の方にランニングに出かける。公園内にある沖縄セルラースタジアム那覇は、巨人のキャンプ地である。

 一度、ちょうどキャンプをしている時に走り抜けたことがあった。ファンがフェンスの周りにたくさんいて、楽しそうに見ている。時折、選手たちに声をかけてゆったりとした時間を過ごしている。

 嘉手納で仕事があった時、那覇からずっと国道58号線を歩いていったことがあった。相手の方にあきれられたが、もの好きなのだから仕方がない。

 北谷公園の中にある野球場の横を歩いていたら、「中日ドラゴンズようこそ」という横断幕があった。季節になったら、ドラゴンズがキャンプするのである。

 沖縄本島だけで7球団が、さらには久米島で東北楽天ゴールデンイーグルス、石垣島で千葉ロッテマリーンズがキャンプする。そのようなプロ野球と沖縄の深い絆を考えると心から楽しい。

 私のように、ぼんやりと走ったり歩いたりしているだけで、偶然プロ野球キャンプに縁がある場面に出会う。ましてや、それを目的に沖縄を訪れるファンにとっては、沖縄は大切なプロ野球の聖地だろう。

 沖縄には素敵なお店も多い。選手たち、ファンたち、関係者たちが居酒屋で談笑することもあるだろう。沖縄に流れている空気、ゆったりとした時間が、キャンプの疲れをいやしてくれる。沖縄という場所の持つ魔法もまた、選手たちのプレイを向上させてくれる重要な因子なのではないかと思う。

 沖縄の恵みが、野球の精神に惜しみなく注ぎ込まれるのだ。

このエッセイは、雑誌「モモト」のために書かれ、掲載された文章です。

https://www.momoto.online/

↑このページのトップへ