月別アーカイブ / 2018年08月

連続ツイート第2094回をお届けします。文章はその場で即興で書いています。本日は、「同性婚」について。


「同性婚」など、多様なライフスタイルは法制度や社会的な仕組みで容認、支援したら良いと思う。当たり前のことだと思うのだが、反対される方がいらっしゃることが、ロジックとして理解できない。何らかの偏見や認知的誤謬の中にいらっしゃるのだと推察する。


生物は多様で奥深いもので、異性どうしで結婚して子どもを設けるのが唯一の生き方だというような命題は成立しない。実際にはいろいろな生き方を模索して、それが複雑なかたちでその生物の環境に対する適応を支えて、世代は持続していく。


特に、人間のように高度に発達した文化、文明を持つ生物においては、異性どうして結婚して子どもをつくるというモード以外のさまざまなモードで、さまざまな方が有形無形の貢献をして発展が図られる。そのためには、個々人の多様な感性、生活スタイルを容認、応援するのがいちばん良い。


同性婚を社会的に容認することは、最大多数の最大幸福につながる。同性婚をされる方々が幸福になるのはもちろんだが、異性婚をされる方々は今まで通りだから幸福は増えこそすれ、減りようがない。同性婚を許容しないと、社会の一部の方々に忍耐を強いることになって、その分幸福は減る。


ある特定の生き方だけを「正しい」と決めつけ、そうではない志向を持つ方にそれを強制することは、多様性をうばって文化や文明の発展を阻害するだけでなく、強制された方々のストレスが周りまわって社会のさまざまな場所に悪影響を与えるという意味で、最悪の選択。同性婚を許容しない理由はない。


日本の場合、宗教的な理由で同性婚に反対するというよりは、単に、家族とはこうである、結婚とはこうであるといった概念における思い込み、偏見、認知的失敗に基づく反対論であるように見られる。その分、きちんと認識して考えれば賛成に転ずることは可能だしそうすべきだろう。


同性婚を認めないことが、「保守」であるという考え方も、同意できない。そもそも生物の適応戦略が多様であることを認識できれば、同性婚を含む多様な生活スタイルを認めることこそが生物的な「保守」であることは明らかだろう。同性婚反対は「保守」というよりは単純な認知的失敗のように思われる。


以上、第2094回「同性婚を認めることこそが生物的に見た保守である」をテーマに、7つのツイートをお届けしました。


連続ツイートまとめ.png

 夏のランニングは、暑くならない早めの時間にする。


 そうやって公園を走っていたら、ムムム!なおじいさまがいた。


 ぼくは走るときは「道なき道をいく」系が好きで、草むらとか、木の間とか、人があまり走らないところを走る。


 でも、たいていの方は道のまんなかを走っている。


 ところが、そのおじいさまは、いわゆるランニングシャツを着て、道のものすごく端のところ、草がぼうぼう生えているところとか、竹やぶぎりぎりのところとかをねこちゃんのように走っているのだ。


 しかも、その走り方が、丹念というか、とてもゆっくりというか、マイペースでしっかり一歩一歩踏みしめて走っておられるのだ。


 むむむ! できる!

 

 ぼくは目撃した! 秘技端っこ走りおじいさま!


 暑い日ならではの、夏のまぼろしでは決してないはずだ!


(クオリア日記)


ひぎはしっこおじさま.png

655回


cccha31さん


マトリ 男子大学生

茂木先生、こんにちは。

突然ですが、僕はこの世界は映画のマトリックスのように実際には別世界で寝ている人間の脳が電気信号により仮想現実の中で生きているように思わせられているのではないかと信じています。(信じようとしています)

なので、瞬間移動ができると心の底から信じることができれば本当に瞬間移動ができるのではないかと思います。実際には僕は、物理法則に従わない現象は起こらない事を信じてしまっているので本当に心の底から瞬間移動できると信じることができません。

そこで、ある実験方法を思いついたのでご意見をいただきたいです。
何も知らせていない被験者がいつも通りに寝ている間に、自室と全く同じセットを作り移動させます。ただし、ドアの外は自分の家ではない場所につなげておきます。すると何も知らされていない被験者は、ドッキリであると自己解決するか、本当に瞬間移動したと信じる、どちらかの判断を下すと思います。この際、被験者が後者の判断をし、本当に瞬間移動したと思い込めば心の底から瞬間移動ができると信じている人間が出来上がります。この人間が瞬間移動できるようになれば世紀の大発見になるし、瞬間移動ができなくともこの世界は定説通りの普通の世界であり少なくとも映画マトリックスのような世界ではないという証明になると思います。

この検証方法はどうでしょうか?
機会があれば茂木先生に是非試してみてもらいたいです。


ご回答。


面白いことを考えていらして、いいですね。


「信じる」ということも、また、脳内の神経細胞の活動によって生まれていて、つまりは物理的な因果律の中にあり、「信じる」か「信じないか」で瞬間移動ができるかどうかという因果律自体の性質が変わることはないと思います。


ただ、瞬間移動ができるという世界観を信じ切れば、その人はそのような世界に生きるわけで、客観的な状況がどんなものであるかに関係なくそう信じることになるのでしょう。


その場合も、信じるということと、他の認知の整合性、ネットワーク性からは逃れないわけで、「信じる」ということだけで瞬間移動ができるという世界観が維持できると考えることは難しいように思います。


以上は私の考え方なので、cccha31さんはご自身で考え続けられればいいと思います。


英米の分析哲学系の論文では、そのような思考実験をしているものがいくつかあるので、機会があったらご覧になってください。


nounandemo
 
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