月別アーカイブ / 2018年07月



牛丼屋さんに入って、食券を買って、席に座って、しめしめと思っていた。


どうも、暑いのでぼんやりしていたらしい。


運ばれてきたおぼんを見て、「ん?」となにかわからないけど違和感のようなものがあった。


なんだろう、と思ったら、たまごだった。


たまごをつけるのを忘れていたのだ。


まっ、いいかと思って、食べ始めたら、なんだかものすごくさびしかった。


口の中にあのたまごの味がないことがものたりなかった。


それで、追加してたのんだら、やっぱりそっちだった。


口の中に、まったりとした満足が広がったのだ。


それで、たまご一つで世界は変わるんだなあ、としみじみ思った。


だから、イースターエッグなのだなあと。


(クオリア日記)

たまごひとつ.png




650回



@たーおさん


初めまして。30代男性です。

僕には旧友がいたのですが先日自分から別れを告げました。その子は、生まれつき知的障害を持っており、時々分からないような発言をしたりします。
彼とは19年の付き合いで色々ありましたが、嘘や隠し事が再び頻繁になり、障害がそうさせているのかな!?と思ったのですが、僕自身が耐えきれなくなり自分から「19年間ありがとう」ただ、それだけを言って去ってしまいました。
彼も、友達がいなく何でも話せる仲だったのですが、それは見当違いのようでした。
今までに知的障害者の本などをたくさん読んで、普通とも思える人以上に素晴らしい所を発見したり出来たりもしました。もしかしたら僕は障害者を特別扱いで見ていたのかと思います。
大抵の人は、物事をみたいようにみているという事を以前聞いたのを思い出してそれだと思いました。
彼の事を何一つ理解出来なかったのは自分でした

最終的にどうしたいのかって答えが今出せません。
どうしたらいいのでしょうか?
お願いします


ご回答。


他人や自分の個性にどう向き合うかは難しい問題です。


@たーおさんは、十分、その方の個性に向き合ったのではないかと思います。


自分がつらい、続けられないという時には、離れるのはよい判断だと思います。我慢していても、どちらにとっても良い結果にならないからです。


時間というものはふしぎで、ある時期をともにしたということは、離れた後もずっと残ります。


@たーおさんの中にも、その方の中にもずっと残っています。


そして、いつかまた、出会うときがくるかもしれない。あるいは、来ないかもしれない。


でも、それで良いと思える「今」があればいいのです。

nounandemo
 
脳なんでも相談室へのご相談は、https://lineblog.me/mogikenichiro/archives/1294423.html のコメント欄までお願いします。

よくある相談項目を集めて、回答した本です↓

『すベての悩みは脳がつくり出す』

 はんなりは進化する。六代 桂文枝さんの創作落語。

 

 茂木健一郎

 

 六代 桂文枝さんの創作落語が好きだ。

 「桂三枝」の名前で活躍されていた頃から、テレビでそのはなやかで人を引きつける芸を拝見していた。その一方で、ほんとうにたくさんの創作落語をつくられて演じてこられたことに、心からの尊敬の気持ちを抱いてきた。

 今までつくってこられた創作落語は、いったいいくつあるのだろう。300に近くなっているのではないか。

 桂文枝さんの創作落語の百花繚乱に心を打たれるとともに、その情熱の泉はどのようにわいてくるのだろうと思っていた。

 

 ある時、偶然耳にした落語にはっとした。

 『船弁慶』。

 友人どうしのたあいもない会話や、舟遊びのはなやぎ、そしておかみさんとのやりとり、軽妙なやりとり。

 魅了された。

 演じていらしたのは、六代 桂文枝さんの師匠さんであった、五代 桂文枝さん。

 桂小文枝の名前で活躍されていらした時に、六代 桂文枝さんは入門されて、桂三枝になられた。

 ああ、三枝さんは、このはなやかでふくよかな芸に惹きつけられたのだなと思った。

 

 上方落語は、はんなりとしている。

 人とひととのやりとりが、お互いの個性を立てて、受けつつ、響き合わせて、そこに話の華が咲く。

 五代 桂文枝さんのお噺は「はんなり」の深くそしてはなやかな味わいがなんとも言えないものであった。

 その響きが、六代 桂文枝さんの創作落語にひきつがれているのだと感じた。

 

  

 六代 桂文枝さんが落語に目を開かされたのは、三代 桂米朝さんの高座を聞かれたのがきっかけだったという。

 演芸界から初めて文化勲章を受けられるなど、その芸と人が高く評価され、愛された桂米朝さん。

 五代 桂文枝さんと、三代 桂米朝さんの芸の響きの中から、六代 桂文枝さんの創作落語が生まれてきている。

 

 落語は、一人の演者が複数の登場人物を演じ分ける点に最大の特徴がある。

 時には対立したり、喧嘩したりすることがあっても、一人がそれを演じることで、そこにふしぎな調和が生まれる。

 最後は人情がすべてをつつみ、笑いのなかに溶けていく。

 軋轢が至福の中に分解されていく。

 そんな落語という芸術の可能性を象徴するのが、「はんなり」なのだと思う。

 

 五代 桂文枝さんは、大阪の天神橋に生まれた。

 『船弁慶』や『三十石』、『百年目』といった演目に、はんなりとした人と人との関係が表現されている。

 「上方落語の四天王」と呼ばれ、大人気。テレビやラジオで活躍された。

 その一方で、落語の道に精進された。

 芸に厳しい人だった。

 三代 桂米朝さんもまた、タレントとしてたくさんのテレビに出られて、大人気だった。後年の落語界の大「文化人」としての風格は、そのような経歴の中で培われていった。

 六代 桂文枝さんの芸も、五代 桂文枝さんや三代 桂米朝さんと同じような道をたどっている。

 「創作落語」という新しい分野において。

 

 「はんなり」を培ったのは、落語が育ってきた歴史の積み重ねだが、一方で人の世は流れ、変化する。

 「はんなり」は消えない。

 「はんなり」は受け継がれる。

 「はんなり」に託された落語の精神を運んでいくためには、現代の私たちの生活実感の中に、その心を注いでいかなければならない。

 

 『ゴルフ夜明け前』、『涙をこらえてカラオケを』、『大相撲夢甚句』、『父よあなたは辛かった』、『立候補』、『湯けむりが目にしみる』、「大・大阪辞典」、「ロンググッドバイ -言葉は虹の彼方に-」……。

 

 六代 桂文枝さんの創作落語から見えてくる光景は、私たちが生きてきた近現代の日本そのもの。そこには、ほっこりとするような安らぎがあり、時にはいらいらするような生活の中の行き違いがあり、しかし最後には人とひととが響き合う、ぬくもりとよろこびがある。

 

 「新作落語」に対して、「創作落語」という言葉には、六代 桂文枝さんのその演目がずっと受け継がれ、語り継がれていってほしいという願いがこめられているという。

 

 今では古典となっている落語も、かつては「創作落語」だった。

 

 はんなりは進化する。六代 桂文枝さんの創作落語は、「はんなり」の精神を、現代の私たちの生活という新しい「器」に注いでくださる。

 

 そのようにして、落語という「物語」は続いていく。

はんなり落語.png


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