月別アーカイブ / 2018年07月

 乗った飛行機が、エンジンのトラブルで、出発が遅れて、ずっと止まっていた。


 その間、ぼくは、「寄席」を聞きながら、基本的に眠っていた。


 ときどき、はっと目が覚めて、ああ、まだ止まっているのか、まだ修理しているのか、と認識して、また眠ってしまう。


 ぼくは隙きさえあれば眠る「体質」になっていて、とにかく眠ってしまう。


 エンジニアの方は直そうと努力されているのだろうし、まわりの人は本を読んだり、仕事をしたり、連絡をとったりしているのだけれども、ぼくはとにかく眠ってしまう。

 そうやって、結局、3時間後にようやく飛行機が動き始めるまで、基本的に眠っていた。


 すると、寄席の演題が二つあるんだけれども、はっと意識が戻った時間帯だけ、おもしろい話を聞けて、あとは基本的にひたすら眠っている。


 なんだかふしぎな時間帯で、ぐるぐるぐるぐる同じことが回っていて、それでぼくはときどきはっと息をつぐために水面に上がってくるひとのように、意識が戻ってくるのだった。


 長いように見える人生も、早回しすれば、そんなもので、ぼくたちは息継ぎをしに意識の水面上にのぼってくるのかもしれない。

(クオリア日記)


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651回



.ぱぷりかさん


こんにちは。
0歳5ヶ月の育児奮闘中、30代、兵庫県西宮市在住の主婦です。

現在、第一子である男の子を育てていて、まだ5ヶ月にも関わらず、出来る事が毎日増えていく事に、日々感動と幸せを感じております。

そんな私ですが、子供が大きくなったら、どんな大人になるんだろうと、今から楽しみもあり、不安もあります。

今日は、その不安について質問したいと思います。

私は、子供には、なんでも得意な天才になって欲しいというよりは、得意で熱中できる事を何か1つでも身につけて、社会の役に立つような大人になって欲しいと思っています。(5ヶ月の子供にはまだ荷が重い話ですね。笑)

ですが、熱中するあまり、いつまでも夢見がちでフラフラするような大人にはなって欲しくないなぁと思います。(例えば、30歳すぎてもいつかロックンローラーとしてメジャーデビューしたいと言いながら、親の脛をかじるような人。すみません、かなり偏見ですよね…)

さて、本題です。

人は子供の頃、「将来何になりたい?」と将来の夢を聞かれたりして、その時に答えたものに努力して叶える人もいれば、途中で夢が変わって叶える人、夢叶わずして現実に直面し、収まるところに収まる人等がいると思います。

一方で、いつまでも夢を見て、叶えるための努力をせず、自立もできないという人もいると思います。

この差は、なぜ、どうやって生まれるのでしょうか?やっぱり、親の育て方に足りないものがあるのでしょうか?

これから成長していく息子を、上手に導いてあげたいと思うので、良いアドバイスありましたら幸いです。

どうぞよろしくお願い致します。


ご回答。


子育ては、「宝箱」をあけるようなもの。


どんな個性がお子さんの中にあるのか、そしてそれがどのように発展するのか、たのしみに待つプロセスなのです。


天才は、遺伝しません。なぜならば、天才とは個性と時代の出会いだからです。


おたずねのことは、広い意味での人格(personality)にかかわります。


そして、人格は人とひとがつくる文脈(context)によってはぐくまれます。


親ができるのは子どもの安全基地(secure base)になることで、安全基地に支えられて子どもたちはさまざまなことに挑戦し、またいろいろな人に出会います。


そんな中で、いろいろな人、文脈に影響され、培われて子どもの人格は育っていきます。


親が安全基地になることで、子どもは広い世界に接して、自分の可能性を最大限に発揮できるようになります。


親にできることは、そのようなプロセスの邪魔をしないことなのです。


お子さんの安全基地になってあげてください!

nounandemo
 
脳なんでも相談室へのご相談は、https://lineblog.me/mogikenichiro/archives/1294423.html のコメント欄までお願いします。

よくある相談項目を集めて、回答した本です↓

『すベての悩みは脳がつくり出す』



 できれば毎日10キロ走りたいなあと思っていて、しかし、今朝のように、時間がないので、10キロは無理だなあ、というときがある。


 そんなときは、「ベストエフォート方式」で、走れるだけ走る。


 5.8キロ走ると、あと4.2キロだ、と思うけれども、その時間がない。


 あらかじめ10キロ走れないとわかっていたら、今日はやめよう、みたいな気持ちにもなる。


 でも、そんな時にも、走らないよりは走った方がいい。


 1キロでも2キロでも走った方がよい。


 ものごとはみんなそうで、たとえ、理想の通りにはできなくても、やらないよりはやった方がいい。


 今日も、走らないよりも走った方がよかった。


 それだけの、流れる景色が見えた。


(クオリア日記)

流れる景色.png



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