月別アーカイブ / 2018年04月



 走っていたら、木陰に、サトキマダラヒカゲがいた。


 子どもの頃、この蝶は「キマダラヒカゲ」と呼ばれていた。

 それが、標高のやや高いところに生息するものと「別種」ということになって、それぞれ「ヤマキマダラヒカゲ」(高地)、「サトキマダラヒカゲ」(低地)に分裂したのである。


 蝶に興味がない人にはどうでもいいことだろうが、子どもの頃から蝶が好きだった私にとっては、ソ連が崩壊したくらいのインパクトがある。


 それで、何となくまだ納得していない。ヤマキマダラヒカゲとサトキマダラヒカゲはとても似ていて、判別は難しく、別種というのはそれなりの手続きを経て認定されたとしても、まだ「同じ」くくりのような気がしてしまう。


 似たようなものとしては、「キチョウ」がいる。


 これも、子どもの頃は単に「キチョウ」だったのに、いつしか、本州にいるのは「キタキチョウ」となり、南西諸島にいるのは「キチョウ」と別種になった。


 この、「キチョウ」と「キタキチョウ」の区別も、なんだか納得行かない。外見による判別は、こちらも困難である。


 もともと、「種」というのは生物的根拠があると同時に人間の認識の問題でもあるから、仕方がない。


 そんなことを、ランニングの途中で「サトキマダラヒカゲ」を見た後で、考えていた。

 

 そして、心の中では、やっぱりキマダラヒカゲだと思ってしまうのである。


 蝶に興味がない人にはどうでもいい話を、すみません。。。。。


 「サト」や「キタ」がつくかつかないかの問題なのです。


(クオリア日記)

第565回。

しょーたろーさん

茂木先生

いつもツイッターやLINEブログを拝見して、沢山刺激を受けてます。
神奈川県の24歳の大学院生、しょーたろーです。

この度は先生に悩みを聞いて頂きたく投稿しました。

私は現在就職活動中です。
しかし、いかに自分が考えているようで何も考えていなかったかを痛感し、毎日無気力と戦って過ごしています。

無気力の原因と考えられることは、
1.単純に疲れている
2.やりたい仕事が見つからない
の2点が主な理由ではないかと思います。

実はやりたいこと、夢はあるのです。
大学時代から、ネットビジネスで稼ぐことに興味があり、自分の好きなことを発信して生きてみたいと夢見ていました。
しかし、大学では部活と勉強に明け暮れ、ネットビジネスに手を出しませんでした。
そして、大学時代にネットビジネスに手を出さなかったことに後悔をしています。
時間と精神的に余裕のある時期にチャレンジしておくべきだったと。
もしノウハウが自分に備わっていて、実績があれば自身を持って進路を決められたのではないかと。

今、就職活動が嫌で嫌でたまりません。
ネットビジネスをしたいという夢は就職活動からの逃げであるようにも感じるのです。それに成功する保証もなく、親にも恋人にも反対されます。
特に恋人は結婚も考えていて、恋人の両親のことも気になってしまいます。

私は今、どう生きていけばいいのでしょうか。一旦就職して、同時にチャレンジするという考えもありますが、就職活動が嫌な気持ちを抑えきれないでいます。
何かアドバイスがあれば頂きたいです。。。

ご回答。

就職活動、おつかれさま

「1.単純に疲れている
2.やりたい仕事が見つからない」

という気分は、「今」のもので、その気分は状況が変わればあっというまに更新されるものです。

また、過去のことは、未来につなげるために「今後はこのように行動しよう」という指針としては活かせるものの、過ぎ去った時間を取り戻そうとしても仕方がありません。

ネットビジネスは、しょーたろーさんの言うように面白い可能性を秘めていますが、一方で成功する可能性は必ずしも高くないと思います。

現実的なのは、少しでも面白い仕事に就職して、仕事をしながらネットの関連を探って見ることではないでしょうか。

ネットの特徴は、副業や、小さな規模からも始められることだと思います。

また、この時代、どんな仕事、業種も、ネットと無関係ではありません。必ず接点があります。

就活がんばって、面白い企業に就職して、仕事がんがんやりながら、ネットの方も活動して、彼女も安心、彼女のご両親も満足、みたいなゴールデンコースを目指そう!

応援しているよ!

nounandemo
 
脳なんでも相談室へのご相談は、https://lineblog.me/mogikenichiro/archives/1294423.html のコメント欄までお願いします。

よくある相談項目を集めて、回答した本です↓

『すベての悩みは脳がつくり出す』



 餃子の王将に入って、何にしようと見ていたら、レバニラ炒めのセットがあったので、それにした。


 餃子も3つついていた。


 レバニラ炒めが好きだ。なんとも言えない味のハーモニー。そして、ちゃんと根拠を考えているわけではないんだけれども、ヘルシーというイメージがある。


 子どもの頃からレバニラ炒めが好きだけれども、そのきっかけは何かと考えたら、どうも、『天才バカボン』のような気がする。


 子どもの頃、バカボンのパパがおいしそうにレバニラ炒めを食べているのを見て、それで自分も食べたくなったのだ。


 でも、そのことをすっかり忘れていて、昨日、餃子の王将に入って、どうして自分はレバニラ炒めが好きなんだっけ、と思い出していたら、突然記憶が蘇った。


 好きになるきっかけは、隠蔽されていることが多いのかもしれない。


 むしろ、起源がわからなくなってこそ、好きはほんものなのかもしれない。


(クオリア日記)

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