月別アーカイブ / 2018年02月




『モナ・リザ』の背景に描かれている風景が好きだ。レオナルド・ダ・ヴィンチは、モナ・リザの表情と同じくらいの心を注いでこの風景を描いたという気がする。モナ・リザも背景も同じようにフラットに見る態度があって、それを獲得した時、世界の見え方が変わる。すべては並列しているのだ。


村上三郎が、紙をつきやぶるパフォーマンスには、強く心を惹きつけられる。眼鏡をかけたアーティストの風貌や、その身体を含めて、この人がこれをやらないとダメだというものを感じさせる。「具体美術協会」の「具体」の神格化だとぼくは思っている。そしてその人が生きていた時代があった。


美術館を歩いていて、「花のブリューゲル」とも言われるヤン・ブリューゲルの作品に出会うと、心がふわっと動く。ただ花を集めて描いているだけだけれど、そこに「世界」がある。多様性の集め方。床に落ちている花や葉、昆虫。生きとし生けるものの、群れの気配。花が「世界」そのものになる。


岸田劉生の「切通」の絵は、今まで何回見たかわからないが、いつも魅了される。何が特別にしているのだろう。大きく迫ってくる土の質感と、塀と、木の生えた崖と、地面の影と、空の青と。ありふれたモティーフが合成を通して非現実の存在感さえ印象づける。絵画は配合の魔法だ。


ワグナーの『ローエングリン』一幕、エルザの呼びかけに対して何の呼応もない「神の沈黙」の場面は一つの効かせどころだ。無限だと思われるような時間の経過が音楽で表現される。やがて白鳥の騎士は姿をあらわすが、そこまでの憔悴こそが、奇跡の登場を心理的に準備する。


(毎朝、ツイッターでつぶやいていることを5日分まとめてお送りします)

 食べものに対する執着やこだわりといえば内田百閒先生か塩谷賢か、というくらいの友人の哲学者、塩谷賢だが、ふだんは「時間」の哲学について考えている。

 そして、マクタガート先生に聞くまでもなく、これは凄まじい難事である。

 あるとき、時間の本質について考えていた塩谷賢は、すっかり行き詰まってしまった。
 それで、人生もうダメだ、と思った。

 ところが、京都に行って、うまい天ぷらを食べたら治ってしまった。
 
 時間論の悩みが、うまい天ぷらで解消してしまったのだ。

 私は、塩谷から聞いたこのエピソードを、人間の本質を伝える大切な叡智だと思っている。

(クオリア日記)


塩谷てんぷら.png






第513回

埼玉住みの大学生さん

おはようございます!いろんな連続ツイートや勉強法など参考にさせてもらっています!
大学一年生男子です

実は2つお聞きしたいことがあります。
1つ目は人生での一生届かないような目標はどうやって立てればよいのでしょうか?ということです。

2つ目は人生を可能な限り幸せに(フローの状態]にするためにどうやって積極的レジャーに取り組めばいいのでしょうか?ということです。
やりたいことがあるのについつい携帯を手にして楽な受動的レジャーにはしってしまうので助言をいただければ幸いです。

ご回答。

「人生での一生届かないような目標」は、少し視野を広げ始めるとすぐにたくさん見つかります。

 ぼくの場合はクオリアですが、その前、大学院生のときは熱力学の第二法則とか量子力学の観測問題ばかり考えていました。

 科学だけでなくて、たとえば社会の中のフェアネスの実現とか、最適な学習環境の構築など、いくらでもあります。

 フローの極意は、レジャーというか楽しみと仕事がひとつながりになることです。

 達人は、みな、一人残らず、仕事をすることは遊ぶことと同じだという感覚を持っています。

 これからの人生、たのしんでくださいね。

nounandemo
 
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