月別アーカイブ / 2017年10月



 公園を走っている時に、いかにも心地よさそうなベンチがあったとする。

 別に、走ることが嫌になっているわけではないけれども、座ると、とても素敵そうだ。

 そんな時、「走るのをやめる」ということについての後ろめたさを乗り越えて、思い切ってベンチに座ってみると、世界が一変する。

 走っている自分が、ベンチに座る自分に変わることは、少し勇気がいることだけど、今までと違った色で、公園の緑や、行き交う人が見えるようになる。

 座っているのは、ほんのすこしの時間でいい。その転換を経験することで、また、ベンチから立ち上がって、走り出す時の充実感が違ってくる。

 これは、実際にあることだけれども、人生のメタファーでもある。

 「魅力的なベンチ」が息継ぎになって、人生がさらに素敵になっていくのだ。

(クオリア日記)



ベンチ.png

第388回。


クォークさん

茂木先生こんにちは。
高校1年の男子です。

僕は将来、素粒子物理学の研究をしたいと思っています。なので、今は将来に向けて物理の勉強をがんばっています。しかし、僕の学校は進学校で毎日授業の復習をしないとみんなに置いてかれてしまいます。なので、毎日しっかりと復習をすると物理の勉強する時間が十分に取れず、中途半端になってしまいます。だから、テスト勉強を毎日せずに、テスト前に一気に詰め込もうとすると、効率よく勉強ができず、テストへの不安から気持ちが病んでしまいます。自分はもっと自由に勉強したいのですが、この世の中ではそうはいきません。どのようにして物理の勉強とテスト勉強をしていけば良いでしょうか?

このような漠然とした質問ですみません。

ご回答。

そうか、それはいいね!

まず、数学や物理に関して言えば、高校でやる程度のことは、素粒子物理をやろうと思ったら当然の前提なので、マスターしなければなりません。

一方、他の教科はそんなに必要ないです。生物や化学は教養として知っている必要があるかもしれないけど、日本史、世界史、地理、現代国語、古典などは、本当のことを言えば全く要らないと思います。

歴史などに意味がないわけではありません。高校の教科書が薄っぺらくて意味がないというだけの話です。

面白いのは英語で、益川先生は英語が0点でも名古屋大学に入れると計算して準備したそうです。それくらい数学や物理が抜群にできれば、英語を捨ててもまあだいじょうぶかなと思います。しかし、実際には論文を読む際に英語はひつようなので、やっておいた方がいいです。益川先生は英文を無視して数式のところばかり読んでいたそうですが。

さて、そうは言っても入試には合格しなければなりません。書かれていることで気になるのが「復習」ということで、受験に必要な能力と学校の授業はdecoupleした方がいいです。本質的には、(まあ、内申というものはあるけど)、受験の日にその問題を解くだけの能力があればいいわけで、学校の授業の予習、復習というのは基本的に無駄だと思います。
ちなみに、私は高校のときは予習復習のたぐいは一切やらないで、勝手に自分の好きなことをやっていました。


もっと大きく見ると、高校の時から君の好きなプロジェクトやれればいいんだろうけど、それができないのは日本の教育システムの大きな欠陥で、直すべきだけど大人たちは慣性の法則という馬鹿の壁の中にいるので、当分はあきらめて、上のことを参考に、自分の好きな道に邁進してください!

繰り返すけど、予習復習は全くひつようないよ!


nounandemo
 
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『すベての悩みは脳がつくり出す』

公園を走っていたら、二頭のちっこい黒い犬がタカタカタカと走っていた。

仲良くくっついて走っていた。

そうしたら、その少し後から、二頭よりもちょっと太った黒い犬が、ドタドタドタと走っていた。

かなり遅れて走っていた。

「おおい、待ってくれ!」

遅れている犬は、はあはあ言いながら、懸命に追いかけている。

必死で追いかけている。

必死だけど、どこか楽しそうだ。

公園の緑の上をわたる風は、心地よい。

「おおい、待ってくれ!」

必死だけど、楽しそうだ。

(クオリア日記)


わんわんわん.png

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