月別アーカイブ / 2017年10月



サインを頼まれると、何か絵を描く。

なぜそうなるかというと、恥ずかしいからである。

今まで100種類くらいの絵を描いてきていると思うけれども、いちばん最初に描いていたのは木だった。

最初はいろいろなかたちをしていたけれども、次第に、下のようなものに落ち着いた。

そして、幹の部分が、私の名前の頭文字の「M」に似ているので、そうか、そうやって自分のイニシャルを描いているんだ、と自分で納得するようになった。

ほんとうは、自然発生的で、偶然なのだけれども。

この木に、鳥をとまらせることもあった。

最近は、他のものを描くことが多く、木を描くことはむしろレアになっている。

サインの絵にも、流行のようなものがあるのだ。

深い心理のどこかで、何かが変化しているのだろう。

最近よく登場するのは、ねこと、とりと、キリンだ。

(クオリア日記)

サインの木.png

第395回

日菜々さん


こんにちは。私は今、高校二年生で、大学受験に向けて、自主研究のレポートを書き始めました。心理学に興味があり、大学でも学びたいと思っているので、研究のテーマも心理学に関係のあることにしています。私が注目したのは、依存についてです。この場合の依存は、恋人や、家族に対してです。特に共依存に興味があります。私自身、車椅子に乗っていて、助けてもらう事が多く、周囲もそれが当たり前のようにしてくれます。ですが、それがあまりに日常的でお互いもっと一人の人間として自立すべきだと思うのです。私は恋愛していても、男性に依存せず、一人の女性として自立している人をとても素敵だなと思います。他人に依存して生きないためにはどうしたらいいのでしょうか。
長文になりましたが、最後まで読んでいただいてありがとうございました。

ご回答。

依存自体は否定することではなく、むしろそこから先だと思います。

世界は、その相手だけで閉じているわけではありません。

広い世界に向き合って、いろいろなことにチャレンジすることが必要です。

チャレンジには必ず不確実性があります。その不確実性との向き合いにおいて、依存する相手が助けになってくれることが多いのです。

共依存があっても、それを「安全基地」にしてチャレンジをすれば、世界が閉じることはありません。

むしろ、依存が世界が開かれるきっかけになるのです。

nounandemo
 
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『すベての悩みは脳がつくり出す』



渡り鳥は、夜も空を飛んでいる。
そうでないと移動仕切れない。

鳥の一部は、夜だって飛ぶ。

それで、そんな鳥にとって、月はどう見えているのかなあ、と思うことがある。

空を飛んでいて、上に、ぴかっと光っている。

そこを目指していきたい、という衝動にかられる鳥だって、時にはいるだろう。

もちろん、到達することはできないけれども。

人類にだって、夜飛んでいる鳥にとっての月、のようなことはきっとあるのだろうと思う。

(クオリア日記)


わたりどり.png

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