月別アーカイブ / 2017年08月

tt さん

茂木先生、こんばんは。
ttと申します。都内のデザイン系の大学四年男子です。

今年の春から研究室に配属され、今、卒業研究を進めている真っ最中なのですが、その研究室の教授がとても横暴で困っています。
まず学生と教授との間に上司と部下のような線引きをしたがり、研究室内では何をするにも教授の許可が必要です。
さらにやたらと学生を拘束したがり、研究室の滞在時間をタイムカードで管理したり、毎週、週報をかかされ、学生のプライベートまで管理が及びます。
そのくせして普段は自分の仕事ばかりして放置されっぱなしです。
普段、教授の仕事や、給料も出ないのにオープンキャンパスの準備を手伝わされたりしますし、さすがにこれはおかしいのでは?と思い、ネットで調べてみたのですが、研究室とはそういもんとかわりとよくあることみたいな意見を多々見受けられました。
口答えするにも卒業研究の単位は教授が握ってますし…周りの皆は教授の目を気にして言われた通りにするしかないような状況です。

私は研究の分野に進むわけではないので詳しいことはわからないのですが日本のアカデミックな世界ではこれが普通なのでしょうか?
だとしたら、あまりにも縦社会で閉鎖的すぎると思うのですが…

茂木先生のご意見をお聞かせください。

ご回答。

うーむ、大変ですね。。。
大学といっても、あるいは教授といっても、そのスタイルはさまざまで、お書きになっている先生のふるまいが典型的だとは、必ずしも言えないと思います。

一方で、そのような先生が時々いらっしゃることも事実です。
デザイン系の研究室ということですが、そのような分野の特性も、関係しているかもしれません。

デザインは、将来、お仕事をされる時に、時にグループワークや、メンバー間の密な連携が必要な分野だと思います。
教授のふるまいは、そのような分野の特性を反映している、と言えないわけではないと思います。

これが、数学だと、そもそも個人でやるしかない分野なので、そのような構造自体がありません。
一度、数学の教授に、「そういえば、一年に一回しか見ない学生もいる」と言われて唖然としたことがああります(笑)。

フェルマーの最終定理を解決したワイルズさんは何年か「行方不明」になったそうですが、そのような単独の取り組みが数学の特徴です。
デザインは、クライアントもいるし、大きなプロジェクトだと多人数で取り組むことになるので、その先生のようなアプローチが出てくるのかなと思います。

その先生のふるまいが必ずしも最適だとは思いませんし、行き過ぎはよくないと思いますが、上のようなデザインの分野としての特性を考えると、一つの社会勉強と割り切ってしまうのも考えだと思います。

なお、同じ研究室で学び学生さんたちどうしで連絡しあったり、こんな気持だとシェアしあうと、リスクヘッジにもなりますし、気持ちも楽になると思います。

無理のない範囲で、学生生活、楽しんでください!

nounandemo

 
脳なんでも相談室へのご相談は、https://lineblog.me/mogikenichiro/archives/1294423.html のコメント欄までお願いします。

『すベての悩みは脳がつくり出す』

バスは、余裕がある時に乗ると楽しいですね。

都内某所を移動中に、バスが来たからつい乗ったら、なんかぐるぐる回って、病院とか寄って、のんびり行くみたいで、これはまずい、降りないと間に合わないと思った。
でも、運転手さんが、「なんでこの人は乗ってすぐ降りるんだろう」と不審に感じると思って、もう一つ、もうひとつと停留所を過ぎていたら泥沼にはまっていく感じになった(笑)。

人生って、何か、こんな小さなことで、取り返しのつかない破局を迎えたりするんじゃないだろうか。

女の人が降りたところで、「ああ、そういえば」みたいな感じでいかにも何か用事を思い出したふりをして降りた。

あぶなかった。

バスは、余裕がある時に乗ると楽しいですね。

昔、行きつけの居酒屋さんにバスが好きだった田中小実昌さんの「背中を押されて」という色紙があって、お酒をのみながらそれを眺めているのが楽しかった。

あの「背中を押されて」というのは、バスのことだと思う。

(クオリア日記)


ゆっくりバス.png


🅰🅰🅰 さん

茂木先生、こんにちは。
東京の高校2年生の男です。
受験についての質問です。

大学を受験するかしないか迷っています。
大学で学びたいこともなく、入りたい大学もありません。
そのせいか授業に集中出来ず、絵を描いたり、頭の中で音楽を再生させたりしてしまいます。
(絵で食べて行けるほどの自信はないです。)

そこで質問です。
大学を受験して大学に入ってから学びたいことを探すのと、高校を卒業してすぐに就職して働いていく中で大学へ行く(学びたいことを見つける)意味を見つけるのとどちらが良いのでしょうか?

ご回答。

そうか。。。。でも、このように悩んでいるということは、大学に興味はあるんですよね。。

いちばん良いのは、高校の授業が終わった後にでも、大学の雰囲気を見に、キャンパスを歩いて見ることかもしれません。

東京に住んでいるんだったら、いろいろな大学に行けるよね。

人間は、「目的」で動く場合もあるけれども、一方で、「目的」というのは、ものごとを簡略化して理解する上での便利な虚構である、ということもあります。

もし、大学の雰囲気がすきになったら、そこにあるさまざまな言葉では表せない何かを、欲しているのかもしれないし。

この時代、どんな仕事をするにせよ、一生学び続けるという姿勢は大切です。

それは、高校の勉強もそうだし、より広い意味でもそうです。


肝心なのは、「地図」を描くこと、ないしはその仮説を手にすることです。

絵や音楽は好きみたいだけれども、そのほかにも、自分が興味を持っていることがあって、それと、仕事をして生きること、ということの間の補助線を引くのが人生の課題。
大学に行くことは、その一つの方法論なのです。

街に出よ。大学を歩け。何か、風の中にヒントがあるかもよ!


nounandemo

 
脳なんでも相談室へのご相談は、https://lineblog.me/mogikenichiro/archives/1294423.html のコメント欄までお願いします。

『すベての悩みは脳がつくり出す』


↑このページのトップへ