月別アーカイブ / 2017年08月

昨日、ピアニストの反田恭平さんのファンクラブのミーティングに呼んでいただいて、いろいろとお話しした。

楽しかった!

最後に、反田さんと私のツーショットを撮る催しがあって、その時「サプライズ」があるのだと、反田さんがずっとニコニコしている。

なんだろう、と思ったら、驚いた。

反田さんが小学校5年生の時に、私にサインしてもらったというTシャツを持ってきたのだ。

2006年8月、東京オペラシティコンサートホールで開かれた、「チョン・ミョンフンこども音・楽・館2006 まほうのふえ モーツァルトの脳みそのひみつ」で、私もゲストとしてお話しさせていただいて、その際、反田恭平さんがお母さまといらして、Tシャツにサインしたのだという。

描いたのは、下のような「人生バクハツだ」という言葉を添えたクジラの絵だった。

そう言われて、ああ! と思い出した。もう11年前だけど、なんだか妙に存在感のある、キリッとした小学生の男の子が、お母さんと来たなあ、という記憶が蘇ってきた。

まさか、その時の小学生が、世界的なピアニストになっているとは!

クジラの絵は、「がんばれよ!」と励ますために、時々描くことがあるけれども、反田恭平さんの大活躍で、なんだかとても「縁起のいい」絵になった(笑)。

クジラのご縁もあるので、これからも、ピアニスト反田恭平さんを、全力で応援したいと思います!!!!!!

お母さまにもお目にかかれて、とてもうれしかったです。

(クオリア日記)


縁起のいいクジラ.png

こもんさん

茂木先生、こんにちは。
私は高校2年生の男子です。

単刀直入に言わせていただくと、脳に良い教育方法とは何であると思いますか?

例を挙げると、私の父親は体罰をされて過ごして、スパルタ教育?と言ったら良いのでしょうか、厳しい世界の中で成長してきました。また、別例では、今の時代に体罰は禁止とされ、今の子供たちは甘やかされて育っているようにも思えます。

子供時代に受けてきた教育方法が、いずれの考え方や性格を築き上げていくのだと考えました。

現在、様々な教育問題が多発しており、毎日ニュースを見ていると、うんざりした気持ちになり、どうしたら解決するのだろうと思いました。

是非、野木先生のお考えを教えていただけませんか。

ご回答。

まず、体罰は全く意味がないと思います。もっと言えば犯罪です。

その上で、「教育法」という考え方が間違っていると思います。

子どもは一人ひとり個性があり、好奇心を持っています。「教育」というよりは、「学び」ととらえた方がいいです。

そして、最高の「教育」法とは、子どもたちの学びを邪魔しないで、助けて育てることだと思います。

子ども一人ひとりの中に種があるのです。その種が育つ邪魔をしなければいいのです。大人の見守りや手助けが、種を大きく育てる水となり、栄養となり、太陽となります。


nounandemo

 
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『すベての悩みは脳がつくり出す』

ようぺさん

高校2年生の男です
今日、友人が亡くなったことを聞きました。
亡くなったのは昨日だそうです。
彼との付き合いは高校生になってからで余り長くはないですが、気の合う、また、自分にはないものを教えてくれたり、学ばせてくれる大きな存在でした。

人には「第2の死」があると聞いたことがあります。
それは亡くなった人が誰の記憶からも消えてしまうことだそうです。
僕は彼のことを忘れたくありません。
ですが、人は(僕を含め)日常が崩れることを恐れ彼が死んだことなどいずれ忘れて彼のいない日常をつくります。
彼の分も頑張ろうという心持ちを持てばこれからの僕の行動のなかに彼の記憶が行き続けるのだと普段の僕なら考えるでしょうが、今の僕にはそんなことは冷酷だとかエゴイスティックだとしか思えません。
また、彼がいなくても自分が生きていくことは出来ますが、気持ちの整理がつかず、彼に囚われるというかポジティブになることができません。

不謹慎ですし、自己中心的ですが、なにかアドバイスが欲しいです。
乱文失礼しました

ご回答。

ご友人、お気の毒でしたね。。ごめいふくをお祈りします。


確かに、亡くなった人は、その人のことを覚えていれば、その人の中で生き続けるのだと思います。

ただ、その「覚えている」というのは、毎日思い出すとか、そういうことではありません。

この世界は、基本的に生きている人のためにあるわけだから、ご友人のことを忘れてしまって、日々生きていく、暮らしていくということはあるでしょう。
そのことに、罪悪感を持つことはありません。

ところが、そんなご友人の記憶が、ある時、ふとよみがえってくることがあるのです。
それが何時なのかは、わかりません。

五年後かもしれないし、十年後かもしれないし、もっと後かもしれない。

何かのきっかけで、ああ、ああいうやつがいたな、と思い出が鮮明によみがえってくる。
そのとき、きっと、足を止めたり、手をとめたりして、時間がふっとゆらぐでしょう。

それでいいのです。死者は、思わぬ時によみがえってきます。ようべさんの中で、何かが何かと反応して、そのように、戻ってきます。

そんな意味では、亡くなったご友人の方は、ずっとようべさんの中で、生き続けているのです。


nounandemo

 
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