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じゅんやさん

茂木健一郎先生に質問です。

こんにちは、私は都内の私立高校に通う18歳の高校3年生です。

私は受験生なので大学受験を目指しており今までそれに向けて勉強してきました。

というのも、私は将来、中等教育の教員として働きたいと思っています。大学では国際バカロレアやアクティブラーニング、インタラクティブティーチング、日本の寺子屋教育の考察から本来あるべeducation〔教育ではなく〕を研究したいと考えています。

しかし、今改めて冷静に自分を見つめますと、私は何かに縛られることなく自分の勉強したいこと、やりたいことだけに取り組んでみたいと思っています。

そもそも教育学も自分で本を専門書を読みながら勉強してきました。他にもインターネットで興味のある海外大学のオンライン授業を受けたりもしました。

また、今まで誰であろうと会いたい人には会いに行き、議論がしたいときは議論をしに行きました。 

それから私は病院で学習障がいと診断されました。知覚推理及び処理速度が極端に低いそうです。そのため、中学校では学習が遅れており、高校に入って取り戻しました。今はやっと苦手だった英語や他のことに興味を持ち独学を楽しんでいます。このような状況では大学に入って応用的な学習や研究を重ねる前に基礎的な知識を補完する時間が必要な気がします。

そんな自分を振り返ると大学に今、行く意味がないと思えるのです。無論、教員免許状を取るために最終的には高等教育を受けねばなりません。しかし、今年大学に入るべきかは正直迷っています。

ちなみに、目指している公立大学には学校からすすめられたのもあり推薦を目指しています。

こんな私は大学受験をするべきでしょうか。それとも独学をするべきでしょうか。大学のメリット、デメリット、独学についてを踏まえて是非、茂木健一郎先生からご意見を伺いたいと思います。

ご回答。

文章を読む限り、とても知性にあふれていて、「学習障がい」と診断されたということですが、必要以上に気にする必要はないと思います。
一つの個性なので、脳は、苦手なことと、得意なことが、表裏一体なものですから。

大学に行くべきか、どうか、ということですが、二択にする必要はないかな、と思います。

行きながら、自分の好きな勉強のやり方を続ける、という方法もあるかな、と思います。

独学ができる、ということはすばらしいことですので、ぜひ、これからもその素晴らしい態度、続けてください!

応援しています!

nounandemo

 
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 しばらく前から話題になっていた、
「不安な個人、立ちすくむ国家~モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか~」の資料を拝読いたしました。

http://www.meti.go.jp/committee/summary/eic0009/pdf/020_02_00.pdf

 経済産業省の若手官僚の方が、有識者との意見交換を経て、つくられたペーパーのようです。

 このような問題を考え、国としての方針を探ることは、有意義だと思います。
 また、この資料の中で指摘されている日本の将来の問題は、重要な課題だと考えます。

 その一方で、使われている概念や、将来へ向けての予測モデルが、十分な深さ、抽象性、定量性、システム性を欠いているように感じました。

 これは、資料が日本語で書かれている、ということと関係があるかもしれません。

 イノベーションにかかわるさまざまな概念、モデルは、近年の日本におけるイノベーション力の低下を反映して、日本語の情報圏では流通しない傾向があります。

 もちろん、経産省の若手官僚の方々は英語が堪能なのだとは思いますが、この資料からは、沈滞する日本のマインドセットを今ひとつ突き抜けられていない印象を受けました。

 現代における戦略、インテリジェンスが語られる文法、図式は、この資料とは違うものではないかと私は個人的には考えます。
 人工知能による産業構造の変化はもちろんですが、Uber, Airbnbなど、日本ではなかなか本格的に入ってこない新しいビジネスモデル、放送と通信、さらには教育や就業のあり方などについての革新的な考え方、実践事例への目配りがあったらよかったな、と思います。その中で、国家、中央官庁の役割についての自省があったら、もっと良かったでしょう。

 Elon Muskのように、serial entrepreneurとして次々と新事業を立ち上げてしかけてくる個人がイノベーションの主体となって国を成長させているアメリカの事例、あるいはシンガポールや香港、中国の一部など、国境を超えたイノベーションの循環が起こり、学術機関にもフィードバックしているエリアに比べると、語られている文法全体が、沈滞的であるようにも感じます。
  
 もちろん、以上のような印象は、私の読み取り能力の欠如によるものかもしれませんし、資料の趣旨を私が読み違えているのかもしれません。

 いずれにせよ、このような試みをすること自体は素晴らしいことだと思いますし、これからもぜひ、ベスト・アンド・ブライテスト、ベストプラクティスへの志向を忘れずにがんばっていただきたいと思います。
 応援しています。

 下記は、当該資料より。このような事例の分析がもっとボリュームがあり、さらにそれらの上位概念の形成や、定量的なモデルの提案、さらに政策アクションの構築があったら、もっと良かったと思います。


経産資料.png

日本の議員さんたちが党本部の方針に従って投票することしかしなくて、個々の理性や良心に照らして判断しないのは問題だ。
その背後には資金の流れの問題があるのかもしれない。

日本の政党交付金の総額は、国民一人あたり250円と計算されている。


しんぶん赤旗の2010年の記事によれば、類似制度がある各国に比べて、日本の総額は高い(一番近いのはドイツ)。

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik10/2010-08-15/2010081501_01_1.html

日本共産党は、政党交付金を受け取っていない。


一方、アメリカは政党助成金がなく、選挙資金の多くが個人の寄付や民間団体であるPAC(Political Action Committees)によっている


アメリカ寄付金.png





安保法案や共謀罪などの重要法案において、個々の議員が自由に投票するためには、経済的自立が必要である、という視点から見れば、政党の活動が政党交付金によってなされていて、その「配分」が党本部の裁量によっているという状況は、問題なのかもしれない。

もっとも、上に挙げた日本共産党の「政党交付金を受け取らない理由」の中には、このような議員の投票行動に与える影響は挙げられていない(もしかすると、日本共産党の投票行動における党議拘束はむしろ強いのかもしれない)。

また、民主党政権においても、政党交付金の党本部による配分が、以上のような議員の投票行動の自由を減じる萎縮効果を持つという議論はなかったと記憶する(もしあったら、ご指摘ください)。

つまり、この問題は自民党に限られたことではない。

いずれにせよ、議員が党の方針とは独立に、重要法案について自由に投票するという代議制の理想を実現するためには、政党交付金の制度の見直しが必要だと考える。

たとえば、交付金を政党単位ではなく、議員個人に直接支給する制度にすればいいだろう。

また、アメリカのように、個人が議員の選挙活動などを支える、個人寄付に基づく政治のあり方に、少しでも近づけることが、中長期的に見て重要かもしれない。

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