月別アーカイブ / 2017年04月





 TEDの最終日、聴衆代表による「フィードバック」があった。
 事前にクリス・アンダーソンにメールで申し込んだ人から選ばれた人たちで、一分以内で、今回のトークの感想や批判を言う。全部で十人くらいだった。

 一分経つと、マイクのスイッチが自動的に切れて、何も聞こえなくなる。

 TEDの舞台からは、カウントダウンの秒数が見えるようになっている。
 それがゼロになると、本当に音声が消えてしまったので、笑ってしまった。

 聴衆代表のフィードバックは、期待値をはるかに上回るもので、TEDのコミュニティのすばらしさを改めて感じさせた。
 一番大きな拍手(ほとんど全員がスタンディング・オベーション)を受けていたのは、テニスのセレーナ・ウィリアムズさんのセッションについてのコメントである。

 聴き手が一人登場して、セレーナさんに質問する、というかたちになったのだが、結婚したきっかけや、妊娠のことなどプライベートなことを中心に話が進んでいった。 
 (聴き手は、どうも、アメリカのテレビのパーソナリティーみたいな人だったようだ)。
 
 これに対して、壇上(TEDの、丸いステージ)に立った聴衆代表が、「セレーナは、アスリートとして卓越しているのであって、そのアスリートとしてのチャレンジの話とか、努力の話をもっと聞きたかった。男性アスリートだったら、あんな会話になっていただろうか?」と問題提起して、会場から、「イエーィ!」とものすごい歓声が上がった。

 実は、全部言い終わらないうちに、一分経ってマイクが消えてしまったのだけれども、聴衆がずっとスタンディング・オベーションしたままだったので、クリス・アンダーソンが、「戻っておいで!」とセンターステージに呼び戻して、残りの部分(ほんとうに10秒くらい)を話させた。

 次に順番待ちで立っていた人が、「私の1分を譲ってあげてもよかったくらい、素晴らしかった」と発言して、それでまた聴衆がものすごい拍手をした。

 あと一人大きな拍手を受けていたのは、内容自体はすばらしかったデイヴィッド・ミリバンドさんを批判したコメントだった。
 デイヴィッド・ミリバンドさんは、元イギリスの外務大臣で、今、難民支援の仕事をされているのだが(話の内容は情熱的で構成も素晴らしく、ぜひTEDのホームページで見てほしい)、その聴衆代表は、「デイヴィッド・ミリバンドが立っているべきなのは、このTEDのステージではない。今、イギリスは、どういう状況か。Brexitで、移民たちが厳しい立場に置かれようとしている。テレサ・メイ首相に対抗するはずの労働党の党首ジェレミー・コービンは全くダメだ。イギリスに戻って、首相を目指すべきなのではないか」と話して、喝采を受けていた。

 TEDはコミュニティで、話の内容を厳しくしかし温かく吟味して、ほんとうに素晴らしいアイデアだったら惜しみなく拍手を送る、そのような反応の素早さがスピーカーに一つのプレッシャーとなって質を支えているように思う。

hammockneko20160330
 

「広げるに値するアイデア」(ideas worth spreading)をスローガンに、さまざまなスピーカーが登壇するTEDだが、実は、非常に大きな秘密がある。

 その秘密は、最終日の最後のセッションの、ほんとうに最後のトークで明らかにされる。
 コメディアンが登場して、それまでのトークを「笑い」にするのだ。

 TEDのスピーカーは、もちろん、真剣に、自分が伝えたいメッセージを話す。
 そのメッセージは、考え抜かれ、練り上げられたもので、世の中を変えたいという熱意に満ちたものだ。

 ところが、最終日の、本当の最後のトークは、コメディアンの役割。
 それまでの、真剣でポジティヴなメッセージを、敢えて笑いにすることで、全体としてのバランスをとっているのだ。

 論理の破綻や、生真面目すぎるところや、ツッコミどころや、聴衆が抱く素朴な疑問などを、次々と指摘し、時にはこき下ろし、時には援護し、容赦なく標的にしていく。

 司会のクリス・アンダーソンも、毎年この時を楽しみにしていて、いつもにやにや笑いながら、スピーカーを紹介する。
 今年のスピーカーは、コメディアンの Julia Sweeneyだった。

  Julia Sweeneyは、昨年もこの役を請け負っていた。
 
 真面目で、前向きなメッセージほど、それをあとからメタ認知して、そのダメなところや行き届かないところを笑いにすることで、全く別の角度から問題を考えることができる。
 Julia Sweeneyは、手にしたメモを見ながら、次から次へとトークにツッコミを入れていって、聴衆は大爆笑していた。

 自分たちの熱いメッセージに、敢えてツッコミを入れる。
 このような感覚があって初めて、TEDの全体としてのバランスがとれてくるし、クオリティも保たれる。

 Julia Sweeneyには、彼女としてのTEDのトークもあるけれども、この、最終日の最後の「笑いのメタ認知」は、基本的に公開されない。
 だから、この最後のトークは、TEDの隠された秘密なのだと思う。

cloverneko
 



 今回のTEDは、大きな仕事を抱えていることもあって、滞在中の生活をシンプルに設計している。

 セッションが終わったら、パーティーなどには一切行かないで、部屋に戻って仕事をする。

 夕飯も、良いパブを見つけたので、会場からそこに直行し、いつもスタンレーパークアンバーエールを頼み、それから食事は、ハンバーガーとフィッシュ・アンド・チップスとバターチキンを巡回で頼み、二杯目のビールはグースアイランドである。


 午後9時くらいには眠ってしまって、午前2時くらいにいったん目が覚めて、コーヒーを飲みながら仕事をして、明け方くらいにもう一度眠る。


 毎日、スタンレーパークを一周、10キロくらいを走る。

 

 そんな生活が日常になる頃に、TEDも終わり、生活をばらして、日本に帰る。


 バンクーバーは、15歳の時に初めてきた外国なので、独特の愛着がある。 

 ただ、こうやってつかの間の日常をつくる時に見えてくる風景の中に、好奇心をあふれさせて歩いていた自分の姿は、面影のようにしか見えない。


 走り終わるあたりにある、オーガニックなマーケットで、フルーツと、カップ麺を買う自分は、店員さんからにはどう映っているのだろう。


 今日のTEDはElon Musk氏が登壇するので、それがとても楽しみだ。

kimboshineko
 

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