月別アーカイブ / 2017年02月

創造者がイースターエッグを仕込むプロセスは、長く、特に苦しい。しかもその間に他者による承認という報酬を得ることができない。その間、どのように自分を支えれば良いのか、いくつかこつがある。

長い取り組みの間、できるだけチクセントミハイの言う「フロー」の状態を維持するのは一つの方法である。フローにおいては行為自体が報酬となるから、イースターエッグの作動による他者承認の報酬とは別の、自我の支えを与えてくれる。

フローのもうひとつの性質、すなわち「時間が経つことを忘れること」も大切である。努力を続ける上で、自分が努力をしているということ自体を忘れる、そこに注意を向けないことは、ストレスなく努力を続ける上で重要なポイントとなる。

時間の流れは、「今、ここ」の積み重ねである。その「今、ここ」に没入して、時間の経過を忘れることで、ストレスなく努力をすることができる。「もう5時間も」ではなく、「今、ここ」しかなければ、いつの間にか8時間になり10時間になる。

自分がどれくらい努力をしたかを積算していつも意識しているということは、潜在的に誰かに努力を認めてもらいたいのである。あるいは自分をそれで褒めたいのである。しかし、努力自体には意味がないことが、創造の厳しい真実だ。

創造は、イースターエッグが孵って初めて意味を持つ。努力自体には意味がない。その努力は、意識せずにフローに没入することで、時間の経過を忘れて最高のパフォーマンスを実現できる。努力を意識せずにフローに入ることの意味がここにある。

連続ツイート


 

なりさん
 
48歳、男性、会社員です。
茂木さんに是非訊いてみたいことがあり、初めて投稿します!

私の息子や何人かの友人は小説の会話部分を読んでると、声が聞こえると言います。
また、私の妻は面識のない人と電話で話してると相手の顔がリアルに目の前に浮かび、絵に描けると言います。(但し、必ずしも似てる訳ではない)

私は小説読んで声が聞こえたこともありませんし、電話の声から顔が浮かんだこともありません。
これは単に想像力があるかどうかによる違いなのでしょうか?
それとも何か脳の特性のようなものが影響しているのでしょうか?

また、声が聞こえたり、顔が浮かんだりしている時、脳はどのような状態になっているのでしょうか?

ご回答。

意識の現象学的性質についてのそれぞれの人のメタ認知は、個人差があることがわかっています。

ですので、「会話部分を読んでると、声が聞こえる」ということの意味が何なのかは、人によってどれくらいそれを現象学的に精確に把握しているのかということが違うので、一概に言えません。

クオリアには感覚的クオリアと志向的クオリアがあり、現実に外から聞こえているのと想像しているのでは成り立ちが違います。現実は感覚的クオリアと志向的クオリアが並列し、想像は志向的クオリアのみなのです。

想像しているだけで感覚的クオリアも聞こえるとしたら、それは「幻聴」といいます。

なりさんの見解が標準的です。 「小説の会話部分を読んでると、声が聞こえる」と言われる方は、自分の意識の現象学的性質を精確に把握していないか、幻聴が聞こえているということになります。

nounandemo
 
(ご相談なさりたい方へ。 脳なんでも相談室へのご相談は、 https://lineblog.me/mogikenichiro/archives/1294423.html のコメント欄までお願いします)    

植田工から、ドローイングが送られてきました。

デジタル (iPadプロ), A4サイズ     
タイトル: doodle #289 

uedaart289.jpg


植田工 (うえだたくみ)
本ブログの「書生」。東京藝大油絵科に苦節、四浪して入る。
小説『東京藝大物語』に出てくる蓮沼昌宏、杉原信幸は同級生である。
高校の時は陸上部で、競歩で東京都で2位に入った(出場選手4名)。
画家、イラストレーターとして活躍中。集英社「UOMO」、 潮出版社『第三文明』で連載イラストを担当中。
池上高志氏の著作『生命のサンドウィッチ理論』では、挿画を担当するなど、本の装画、イラストも手がける。
これまでの作品に、『シーシュポスの神話』三連作、アニメーション『胸に釘の刺さった男の子』
近作に聖母子を描いた『マリア』シリーズがある。
「目黒学園カルチャースクール」で、絵画教室も開催中。
15歳からの造形教室
与太話をしているときは勢いがあるが、真面目な芸術論を戦わせようとすると急に「音圧」が低くなる欠点を周囲から厳しく愛情をもって指摘されている。
ラジオ出演をした時には、副調整室から、あまりにも声が弱いので、ディレクターの「だいなしじゃないか!」という叫び声が飛んだという伝説を持つ。 
たくさんの本格派、芸術系の映画を観ているが、その割には、芸術的感性を隠すのがうまい、誰もそんな教養があるとは気づかない、とも指摘されている。
カラオケの十八番はブルーハーツの『情熱の薔薇』と『銀河鉄道999』。

生涯の野心はアニメーションをつくることだとずっと言っている。

絵本もつくるつくると言っているが、一向にすすまない。

そういえば、LINEのスタンプもつくると言っていたような気がするが、今のところできた形跡はないようだ。

 大学を出て勤めていた大手企業で、「切り株」を描くのに3日もかかり、「お前の時間はコストなんだからな!」と怒鳴られたという逸話を持つ。

しかし、人からご飯を分けてもらう時の動作は速い。


ツイッターアカウント @onototo 

ueda20091230.jpg

 



 



 
 

↑このページのトップへ