月別アーカイブ / 2016年11月

ちび さん
 
明日 ピアノの発表会でとても緊張します。 
手が震えたり🎹
どうすれば リラックスして弾けるのでしょうか?


ご回答。

本番における理想的な状態とは、「フロー」と呼ばれるもので、集中しているけれどもリラックスしている。そのような「フロー」の状態になると、最高のパフォーマンスを発揮することができます。
アスリートたちは、「ゾーン」と呼ぶこともあります。

フローになるためには、普段から、強い負荷をかけて、その中で練習するしかないのです。目的を高く置くということですね。普段から、本番以上のプレッシャーのもとで練習する、と言ってもいいかもしれません。

さて、もう明日が本番で、今から練習するわけにもいかないわけですから、とにかく、一点、最高のパフォーマンスは、緊張ではなく、リラックスによってもたらされる、ということを覚えていてください。

集中するけれども、緊張ではなく、リラックスです。

がんばってくださいね!

 
nounandemo



(ご相談なさりたい方へ。 脳なんでも相談室へのご相談は、 https://lineblog.me/mogikenichiro/archives/1294423.html のコメント欄までお願いします)  

カズマさん
 
17歳男子高校生です。
早速質問です。
この前、現代文という科目は一種のゲームとして考えなさいと茂木先生はおっしゃいましたが、入試というゲームにも使えず、さらに個人の感性の読み方を縛ってしまう今の学校の授業の現代文は、はたして必要なのでしょうか?また、どうしてそんな教育をするのでしょうか?


ご回答。

現代文の良いところをとりあげれば、そこで取り上げられている文章は、面白いし、著者も興味深く、さまざまな「その先の世界」に出会うきっかけになる、という点にあるのかもしれません。

現代文の、特に「テスト」の部分をとると、なぜ、今のかたちに「進化」(ないしは「退化」)したのかと言えば、単に、「採点をする」という拘束条件の存在ゆえに、ということになるのだと思います。

そりゃあ、エッセイを書かせた方が本質的だし、楽しいですが、それを教師が採点するのが難しいことは、今大学入試に導入が検討されているエッセイをめぐってスッタモンダがあることを見てもわかるでしょう。

つまり、そもそもスコアリングする、そのスコアで入試の選抜をするというシステム自体に、今の現代文の惨状の根源があるわけで、ぼくは個人的にはスコアリングをやめる、あるいは点数に基づく入試をやめる、ということにしか解決法はないと考えています。

人工知能がスコアリングするようになったら、少しは変わるかもしれないけどね。

今は、さまざまな「名文」との出会いを楽しんでください。現代文の存在意義は、そこにしかありません。

nounandemo




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