世の中には達人がいるものだ。
 ひそかに、そしてあくまでも自然に暮らしていらっしゃる。

 道を歩いていたら、商店の前でなにか売っていて、そこに人がたまっていた。

 少し離れたところで、若い女の方が、何かを食べ終えていた。
 その次の瞬間、驚くべき達人の技をみた!
 その女の方は、まず、食べていた両手の指を、ぺろっ、ぺろっとなめた。

 それから、両手を合わせて、パンパンパン、とたたいた。

 たたいた両手を、今度は、はいているジーンズのおしりのポケットあたりに持っていって、ずりり、ずりりと拭った。

 この一連の動作、たった数秒!

 それから、その女の方は、何事もなかったように、さわやかな雰囲気で、周囲の空気の中で手を二、三回くるくると回した。

 彼女のお友達たちは、まだ、お店の前の販売のところにいた。
 どうやら、売っていると同時に、試食をしていて、その試食を待つひとたちの列の中にいるようだったのだ。

 女の方は、余裕の表情で、「ねえ、まだ〜?」みたいなことを、友だちたちに言った。
 何事もなかったかのように、てへへ、な雰囲気で、

 達人だ。

 この人は、達人だ!

 まずは、試食の食品をさっと受け取ってしまった。

 そして、あっという間に食べてしまった。
 そして、彼女の友だちがもたもたしている間に、ゆびぺろっ、パンパン、ジーンズ拭いの3ステップを迅速にこなし(もちろん、彼女の友だちたちは、誰も、その様子を目撃していない!)、何事もなかったかのように、手をさわやかにぐるぐる回してお清めをして、そして、余裕を持って「ねえ、まだ〜?」と声をかける。

 凄い。達人、てへへガール現る。
 このひとは、人生、きっと、うまくやっていくことだろう。
 
 そして、世の中には、まだまだ多くの驚異が隠れているに違いない。。。

 (クオリア日記)



てへへガール.png

第359回。

メリーゴーランドさん

独りよがりな感覚を他者と共有出来るようになる(理解してもらう)にはどういう勉強方なり日々の過ごし方なり考え方なりをすればいいでしょうか。

例えば私は宮崎駿監督寝の「崖の上のポニョ」、高畑勲監督の「かぐや姫の物語」、CLAMPの「Clorver」(漫画)

私は感覚的に何かこの三つの作品に近しいものを感じるのですが、ただの独りよがりな感覚です。

どの作品も女の子と少年(男性)が出てきたり、女の子の方が魔法を使えたり特別な存在という点で共通点があります。

また「Clorver」に出てくる歌の詞で

幸せになりたい
幸せになりたい
あなたと幸せになりたい
あなたの幸せになりたい
だからつれてって
遠くまでつれてって
ここではないどこかへ

という歌詞に強くひかれたり、

また「かぐや姫の物語」も何故か涙が止まりませんでした。

何故自分が強くひかれるのか理解できません。しかし自分が自分を理解出来ていないと他者と共有(理解)も同類のみでとどまってしまうと思います。

何か良いアイデアがあればよろしくお願いします。

メリーゴーランド 30代 女 マザー

ご回答。

すばらしい感性をされていますね。

感情、感覚は、本質的に私秘的(プライベート)なものです。

たとえば、これは有名な哲学的な議論ですが、私が見ている「赤」と、他人が見ている「赤」が同じ質感(クオリア)であるということを証明する(共有する)方法はありません。

メリーゴーランドさんが書かれているような、複雑でゆたかな感覚は、まして、共有することが難しいです。

また、共有したとしても、それは完全でなかったり、幻想だったりもします。

ですから、むしろ、メリーゴーランドさんがやられるべきことは、自分の感覚を掘り下げることではないでしょうか。
なぜ、そのように感じるのか。そこで生まれているさまざまな感覚のスペクトラムは何か。

他人と共有するというベクトルも大切ですが、自分自身を見つめ、メタ認知し、掘り下げていくということをされたら、きっと、自分でも発見があるし、よろこびもあると思います。

nounandemo

 
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『すベての悩みは脳がつくり出す』

毎日のように走っていると、次第に、さまざまなことに敏感になってくる。

特に、他のランナーに。

走っていて、向こうからも走ってくると、仲間意識というか、「いやあ、お互い大変ですなあ」みたいな、無意識の挨拶をやりとりする雰囲気になる。

今朝、走っていたら、坂道の向こうからどうやら走っているらしい人がきた。

ところが、なんだかへんなのである。大きな荷物を持っている。

それで、その荷物を、左手、右手、左手、右手、・・・と持ちかえている。

どうやら、重いので、イテテイテテとなって、交互に持っているらしいのだ。それだけでも大変なのに、持ちかえ持ちかえ走っている。

小さな姿が次第に大きくなってきたら、女子中学生だとわかった。

しかも、背中に大きな荷物を負っている。まるで、登山家のように。

それでも走っている。根性のある子だ。走りながら、持ちかえている。左、右、左、右、いっちに、いっちに!

ははあ、バスにでも乗るのかな、と思ったら、曲がり角でくるっと回った。

私がその曲がり角まで来てみると・・・・

部活の集合だろうか。子どもたちが校門のところに十数人集まっていた。

その女の子は走りながら、「なんとかかんとか〜!」と言っている。

待っている中学生たちも、「なんとかかんとか〜!」と応えている。

集合時間ぎりぎりだったんだなあ。
朝から、偉いなあ。

いい部活をしてほしいなあ、と思った。

荷物があるのに、持ちかえ持ちかえ走って偉い。

持ちかえガール、疾走す!

ぼくは、お腹のあたりに荷物があって走っているが、こっちの荷物は持ちかえられない。。。。

(クオリア日記)


もちかえ少女.png


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