雑談その5。



 ダミアン・ハーストは、ターナー賞を受けた輪切りにした牛で有名になったけれども、他にもいろいろなものをつくっていて、たとえばドットペインティングがある。


 ぼくが時々行くロンドンのレストランにも、ダミアン・ハーストのドットペインティングがある。


 よく知らないけれども、ハーストのスタジオにはたくさんの人が働いているらしい。


 現代アートの作家は、ある程度工房的というか一定の数の作品をつくる体制をつくっていて、その量を供給しないと、作家としての存在感というかスタンプを押せないようなシステムになっているらしい。


 だから、ダミアン・ハーストのドットペインティングは、ある程度の数がある。


 数年前だったか、テート・モダンでハーストの大規模な展覧会があって、そこにもドットペインティングがたくさん出品されていた。


 他にも、錠剤をモチーフにした作品もあった。


 並べて見て、ドットペインティングは、現代社会における錠剤的なものへのメタファーなのかな、と思った。


 色とりどりで、きれいで、工芸的な精度も高い。


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802回

.ichiron16さん

今日、うどんのチェーン店で晩御飯を食べました。唐揚げやエビフライをトッピングに頼んでとても美味しかったです。帰るときに身の回りの片付けをしていたらレジのあたりでお客さんが店員さんを厳しく責めていました。「これ小でしょ!中をもう一つ頼んだんですけど!」
店員さんはひたすら頭を下げて「申し訳ございません 申し訳ございません」と謝っていました。

お客さんの言い方が余りにもきつかったからそんな言い方しなくてもいいのに…と言おうと思ったのですがお客さんの目が三角になっていて僕も怖かったから逃げるように帰りました。店員さんの気持ちを思うと悔やまれます。

叱責するお客さんに対してひたすらペコペコ頭を下げる店員さんというイメージがいままで僕にありました。しかし、これはおかしいんじゃないかと疑問に思い始めています。店員さんには客にブチ切れる権利が本来あるのではないかと思うのです。

だって、バイトだろうがなんだろうが店員である前に人間であるわけだし、理不尽だったり失礼だったり度が過ぎた叱責にまで黙って耐えなきゃいけない筋合いは無いのではないか?と思うのです。だから、失礼な客がいたら店員は反論してもいいし店は従業員をしっかり守るのがいいと思います。


茂木先生はどう思いますか?また、茂木先生は飲食店で酷いクレーマーを見たらどうしていますか?

ご回答。

誰にでもミスはあるものだし、その時にそれを責める人というのは、潜在的に自分自身のミスも許容できないわけで、苦しいのは本人なのではないでしょうか。

ユーモアのセンスがあれば、そのような時に状況をメタ認知できるのですが、自分がふだんそう世界を見ていると、そのようなときに人にぶつけてしまいますよね。

そのような人、状況に出会うのは、店員さんのせいではなく、全くのランダムな偶然なのですから、嵐が通り過ぎるのを待つしかないのだと思います。

反論したら、そのような方はますます猛り狂うことでしょう。

.ichiron16さんのように、やさしい目で見る人がいる、ということで、世間はそのようにちゃんとしているということで、その店員さんも救われると思います。


クレーマーは、本当は、そんなクレームをしてしまう自分自身にクレームをしているのです。一番苦しいのはその人自身なのでしょう。

nounandemo
 
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『すベての悩みは脳がつくり出す』




ドラマや映画のキャスティングをちゃんとやればいいのにと思う。


有名な俳優さんやタレントさんを並べて、その順列組み合わせみたいなつくりをしていると、いつまで経っても発展性がないし、作品の質も低下していく。


作品の中のそれぞれの役割にふさわしい人を、有名無名関係なくオーディションして選べばいいのに、そうしないのは、事務所との関係とか、業界の雰囲気とかいろいろあるのだろうけれども、もったいない。


考えてみると、キャスティングがうまく行っているドラマ、たとえばシャーロックとかボディガードとかは、出ている俳優さんは多くの視聴者にとっては初見だったはずで、その作品を通してへえ、そんな俳優がいるんだと知ったケースも多いはずだ。


オーディションを通した真剣なキャスティングがもっと見たいし、キャスティングをする方々が専門職として確立されて欲しい。


そうでないと、ドラマや映画が金太郎飴になって、コンテンツとしての訴求力や市場での力がなくなって、結局みんなが不幸になる。


(クオリア時評)


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