地下鉄に乗って、ぼんやりしていたら、途中の駅でたくさん降りて、たくさん乗ってこられた。


お父さんと3歳くらいの小さな女の子が乗ってきて、お父さんはぼくの前あたり、シートの中央に座ったんだけど、女の子がぱーっと走っていって、シートのはしっこに座り、「パパ、こっちの方がいいよ、速くはやく!」と言った。


ぼくも、そっちの方がいいんじゃないかと思った。


ところが、お父さんは疲れていたのか、だらんとした声で、「ここでいいよ。」と言って、女の子の方があきらめて、お父さんのシートの方に行ってしまった。


ぼくには女の子の気持ちがわかった。


端っこの方が、よかったんだよね。。


でも、パパは疲れていたんだ。


あの時、パパが立ち上がって、君の方に来てくれたら、人生の景色がほんの少し違っていたんだろうね。


でも、どっちがいいとも、きっと言えないね。


(クオリア日記)



先日、新千歳空港を歩いていたら、いかにも旅慣れているというようなふたりのビジネスマンの方々が、あるきながら、大きな声で、「やっぱり札幌出張はいいよなあ」とおっしゃっていた。


食べ物がいろいろおいしくて出張が楽しいということらしい。


「出張して、一番つまらないのは、◯◯だよなあ」とも大声で言っていた。


◯◯の名誉のために書くけれども、◯◯もおいしいものたくさんあると思う。それが何か書くと◯◯が特定されてしまうので書かないけど。


札幌出張はおいしいものが多い、というおふたりが何を食べるんだろう、と思ったら、ふたりはすたすたとターミナル内のおそばやさんに行って、てんぷらそばのてんぷらの模型を熱心にごらんになっていた。


(クオリア日記)

連続ツイート2255回をお届けします。文章はその場で即興で書いています。本日は、感想です。


To do listを外部に書く習慣の人、またそれを推奨する人は多いが、私は推奨しない。To do listは頭の中で管理するのがよい。そもそも仕事をしたり、生きている中で、To do listは臨機応変に変わるものであって、外部リストとして固定化するのにそぐわない。


そもそも課題の名付けや分類が固定的ではないという事情がある。ABをやっていて、それを結びつけたCが生まれることもある。連想によって新しいDが課題になることもあるわけで、その度に外部のリストを更新するのはナンセンスだ。


朝起きてから、やるべきことをイメージできていて、それをマインドフルネス概観できればいい。もちろん、誰かと会うとか、何かをするとか、外形的なことはカレンダーに書いておいてよい。それ以外の自律的なto do listは自分の中にあるということでよい。


To do listを頭の中で管理して、有機的かつ自動的にアップデートする習慣をつくると、次第に脳の前頭葉を中心とする回路がそのような機能にチューニングされて、なんの問題もなくできるようになる。時々締切を忘れる事象が生じるけれども、それよりもベネフィットの方がはるかに多い。


To do listを外部に書くことが自己目的化したり、それで満足してしまっている人も多い。To do listの内部化、マインドフルネス概観化は、生き方の哲学にもつながる。何事も形式化せず、生きる時間に寄り添うという考え方を視覚化した結果なのである。


以上、連続ツイート2255回「to do listを内部化することで開ける生き方」をテーマに5つのツイートをお届けしました。

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