「ビンゴ」は、やっているのを見たことは何回かあるかもしれないけど、自分がやるのは初めてに近かった気がする。


懇親会で、ビンゴが始まって、たのしみにしていた。


そしたら、自分の番号は前半まったく出なくて、後半になって少し出たけれども、手遅れだった。


ホワイトボードに番号を書いていくけど、自分のはない。


最終成績は、ぱらぱら当たりで、さえなかった。


なんだか、さえないビンゴのカードが、かえって愛おしく思われた。


(クオリア日記)

ビンゴ20180722a.JPG

ビンゴ20180722b.JPG








 なんとなく、京都名物の生八ツ橋のことを考えていたのだけれども、あれって、やっぱりあんこもそうだけど、皮のところの「もちもち感」がポイントで、その「もちもち感」が、まるで、それがはしっこのような特別な感じがするのがいいんだと思う。


 ここで、「はしっこ」とは、それが特別である理由のことである。

 たとえばカステラで端っこのところって、焼き上げるときにそこだけ特別な質感になっていて、それを好む人がいるわけだけれども、生八ツ橋のあの質感は、どこも、ぜんぶ、「はしっこ」という感じがする。


 売っているときの名前が、「おたべ」とか、「夕子」とか、とにかく「生八ツ橋」ではないものになっているのも、「はしっこ」な感じがする。


 ぼくは「はしっこ」が好きで、だから「生八ツ橋」が好きだ。

なまやつはし.png

645回


りんごさん


こんばんは
19歳の男子大学生です。

茂木先生のクオリア日記、ゆるくて、でもちょっと鋭くて、なんだかわからないけどすごく好きです。いつも楽しく読ませて頂いています。

ずっと気になっていたのですが、
クオリア日記にはどんな意味があるのですか?

また、クオリア日記は茂木先生にとってのどんな瞬間を書かれたものなのでしょうか?

教えてください。


ご回答。


クオリア日記、読んでくださってありがとうございます。


クオリア日記は、もともとは今手元で確認できる限り2000年くらいから書いているもので、最初はふつうにどんなことがあった、どんな人にあった、みたいな記録だったのですが、徐々に「進化」というか「退化」して(笑)、最近はあんな感じになっています。


時代もあるのですが、できるだけまったり、ほのぼの、小さなことを書きたいなあ、という気分があって、絵もつけて、少しほっとできるような、みなさんにとってひといきの時間になるような、そんな感じになればなあと思っています。


読んでくださる方にとってそうなればいいなあと思うだけでなく、自分にとっても、書くことでほっとできるような、そんな存在になっています。


これからも、時間がある時に、「クオリア日記」、読んでみてくださいね!

nounandemo
 
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