仲間内でお馴染みのギャグ、というものがある。


当然、世間的には一切流布していない。
仮に隣の席の見知らぬグループから同じ内容が聞こえようものなら、体中の鳥肌が立ってしまう程のしょうもないやり取りだ。


一つ例をあげてみよう。
友人に、わたちゅーという奴がいる。


彼に対して、


「わたちゅー、どうですか?」
と質問することが僕らの中ではブームだ。全盛期は過ぎたものの、それでも未だに使われている。


飯を食うときメニューを広げて、
「わたちゅー、どうですか?」

飲み会の予定を聞くとき、
「わたちゅー、どうですか?」

わたちゅーの体調を気遣うとき
「わたちゅー、どうですか?」


アホ丸出しである。こんなことで、僕らは日々腹を抱えて笑っているのだ。これほどまでに「お里が知れる」を体言していることもないだろう。


ちなみにわたちゅーはたいてい「良いね。」と返してくれる。






これはわたちゅーの例だが、阿部寛の話題が出ると、僕が
「そ、そんなのはなぁ!な、なんかのトリックだろ!」
とドラマ「トリック」の頃の阿部寛の物真似を始めるのも常だ。





今はもうあまり見ないが、
「じゃあいつやるの?」という問い掛けに、櫻井くんが「ナウでしょ!」と叫ぶのも恒例である。







やはりアホだ。



しかし、その安定したやり取りが助けになることがある。いや、今後それが助けになることが増えていく。





それを少し前、実感した。高校時代の友人との飲み会で。


しぶりの出会いに距離感を掴めず、戸惑っている僕らの共通言語となったのは、当時内輪で流行ったアホな掛け合いなのである。






だから思う。

この仲の良い友人たちといつか遠になり、何年後か、何十年後かに会った時、今のくだらないやり取りが僕らの共通言語として再び日の目を見るはずなのだと。




そしてきっと僕らは、二度と戻ることのない過ぎ去った日々を懐かしく感じながらも、肩を並べ、腹を抱えて笑うはずだと。






そんなことを思いながらブログを書き終えた僕は、URLをコピーすると、







「わたちゅー、どうですか?」

と送った。