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僕がハマっていたゲームのひとつにニンテンドー64「スターフォックス」がある。

アーヴィンという戦闘機に乗り、様々な惑星の敵を倒していくゲームだ。


いわゆる今までのシューティングゲームは、ゲーセンでよくあるような「戦闘機を上から眺めた図」が一般的であった。

しかし、スターフォックスは、戦闘機を後ろから見た図。これによって臨場感が桁違いになる。

ついでに付け加えると「振動パック」という代物もこの頃に登場した。読んで字のごとく、敵から攻撃を受けるとプルプルと震えるのである。



だが、何よりこのゲームが僕の中で革新的だったのは「仲間システム」である。

なんと、同じ戦闘画面にCPが動かす仲間がいるのだ。そしてやつらが時々、敵に終わられるのである。

「背後を取られた・・!」
と言い出して、目の前をチョロチョロと動き回るのである。


一定時間内に背後の敵を倒さないと、仲間は戦闘から離脱する。離脱されるとボス戦で協力してくれなかったりといろいろ不都合だ。


が、それ以上に、彼らを助けたか否かによって「ルート分岐」が行われるのである。これが凄い。とてつもなく素晴らしい。

しかも最初のルート分岐が行われるのは「一面」なのである。


ファルコンというスカした一匹狼が、開始早々、敵に追いかけられる。ここでファルコンが死ぬとアウトだ。

そしてファルコンを助けた後、ステージ中盤で、水面ぎりぎりに岩でできた空洞がポツポツと出現する。それを全て通り抜けることで、裏ルートに進むのである。


そのきっかけが、ファルコンの

「フォックス俺について来い」
なのだ。


さっきまで敵に追われていたファルコンが、全くもって反省の色もなく勝手な行動をとるのである。


「待てファルコン、どこへ行く?」
フォックスはリーダーとして慌てて、なだめようとする。

「獲物を見つけた。足手まといになるなよ。」
これでルート分岐完了である。



僕は痺れた。ファルコンに痺れたのだ。それからというもの、友達と自転車を漕ぎながら僕はファルコンの真似をするようになった。



「フォックス俺について来い」
と言いながら、最前線に出て行く。



そしていつもとは全く違う道へ進むのだ。友人たちは皆、このネタを知っている奴ら。


「待てファルコン、どこへ行く?」
とニヤニヤ笑いながら僕についてくる。


「獲物を見つけた。足手まといになるなよ。」

声高にのたまい、僕はどことも知らぬ細道へと入って行くのだった。





たいていその先は、行き止まりである。


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ルーティーンという言葉がある。

五郎丸選手で話題になったが、「普段から同じ動作をすることで、常に安定したパフォーマンスを発揮できる」という考え方だ。


体が精神を支配するという発想でもあり、本番でもいつも通りの動きをすることで心が落ち着くらしい。

無理やりにでも笑えば楽しい気持ちになるとか、恋人のふりをしていたら好きになっちゃったとか、も同じことだ。


僕は作家なので、その日だけを200%で頑張るよりも、毎日100%の頑張りが求められる。

できる限り外部によって心を乱されない生活をしなくてはならない。というかしたい。



んな僕にとっても、ルーティーンは重要だ。同じものを食べて、同じカフェに移動して、同じ時間に仕事を始める。


気づけばカフェに入った途端に仕事スイッチが入るようにもなってきた。逆にそのカフェに行けない日はグダグダも良いところである。乃木坂46のバラエティ番組「乃木坂ってどこ?」「乃木坂工事中」を気づけばYouTubeで見てしまっている。



で、そんなルーティンの一つとして、僕はいつもお昼飯の際には同じ店に行き、同じ食べ物を注文している。ポークたまご定食だ。


食べ過ぎるとすぐに眠くなる僕にとって、ポークたまご定食は適量であり、なおかつバランスが取れたメニューとなっている。何とも素晴らしい。


最近発行された10回スタンプ貯めると割引になるスタンプカードを、発行から10日後に利用したものは僕くらいだと思う。



しかし最近、あることが気になって仕方ない







俺、ポークさんって呼ばれているんじゃない?

という問題だ。



「毎回あの時間に来るポークさん」って影で呼ばれている気がする。

店に入ると、店員さんが「来たよ。」という顔をしている気がする。

僕がポーク定食を頼むと「はい、出ました!」ってニヤリと笑われている気がする。

料理が運ばれてくる時、「どうせキャベツから食べるんでしょ。」と見透かされている気がする。

スタンプカードを出すと「もう3枚目かよ。」と呆れられている気がする。




ということで、僕は最近、やれメガネをかけてみたり、ニット帽をかぶってみたりしてお店に向かっているのですが、それもまた実は心配事を増やしているだけで


「今日のポーク、いつもと違うくね?ウケるww」

と笑われている気がしてしまうのだ。






そう考えると、あれだよね。







全く安定した精神状態をキープできていないですね、ポークさん。



前回、

歌詞における「星」の効力は悪魔的に素晴らしいう

という記事を書きました。

ざっくりといえば、


美しい歌詞って情景描写に優れていて、それを最も発揮できるのは「星」じゃない?

という内容なのですが、


言葉そのものの「美しさ」も無視できない。

とも思います。



たとえば、東京グールという漫画で、主人公金木君がヒナミちゃんに

“薄氷”という読み方を”はくひょう”と教えると同時に、

「他にも”うすらい”って読むんだ。こっちの方が素敵じゃない?」

みたいな発言があるんですが、



さすが金木!って感じですよね。



あと、SMAPが「Dear Woman」を発表した時、Mステで「日々の生活で”美しい”というフレーズってなかなか使わないから、この曲で美しいとでてくるのはとても新鮮だった。」ってゴローちゃんあたりが言っていた気がするのですが、


さすがゴローちゃん!です。
(このあと、草なぎくんが「ゴローちゃん。その感想、美しいね。」みたいなコメントして「お、おう。」みたいな空気になっているのも印象的でした。)


「君が君でいることがとても美しい」
って言葉が美しい。





それで、単純な言葉の美しさを追求しだすと、行き着くところって「古語」なんですよね。



松任谷由実の「春よ、来い」も「淡き光立つにわか雨。愛しき面影の沈丁花。」っていう古語がたまらない。

宇多田ヒカルの「traveling」の「ふいに我に返り、クラリ、春の夜の夢のごとし」や、

おそ松さんOP「はなまるぴっぴはよいこだけ」の「ここからはじめて古今東西鳴りやまぬ花 焼べるは水平線」もそう。

歌詞に散りばめられた古語ってゾクゾクしませんか?



僕はそういうのに今だ憧れている男でして、西尾維新原作の「めだかボックス」の安心院さんとかたまらんのです。

彼女がまたちょっと古い言葉を使うキャラなんです。(地球誕生より前から存在しているという設定です)


「ままならねえな。」
「その心意気や良し。」
「君に秋波を送るのは今回限りだ。」

とか。これやっぱり使いたくなるんですよ。

最近、個人的に流行っているのは「就中(なかんづく)」てすね。

「特に、とりわけ」っていう意味なんですけど、ただまぁ、使ってみても伝わることほとんどありません。


そこで「ままならねえな」を続けるというコンボをして一人悦に入っているのですが、これがまた、どんどん友達が減っていく。

ままならない話です。




で、そんな僕がハマっている漫画がありまして、


それが「東京季語譚訪」

ジャンプで「ぬらりひょんの孫」を連載していた方の新作なのですが、季語を扱った物語。

真面目な書評をブログで語っているので暇な人は見てください。


とにかく出てくる季語の量がたくさんあって、その一つ一つが擬人化されている。
ざっと春の季語を挙げますと、こんな感じ。

花冷(はなびえ):春の思いがけない寒さの戻り
朧月(おぼろづき):霞んだ春の月
水圏戯(すいけんぎ):シャボン玉のこと
蛙の目借り時(かえるのめかりどき):眠くなる時期
落とし角(おとしづの):雄鹿の角が落ちること
告天子(こうてんし):ヒバリの別名
糸遊(いとゆう):かげろうのこと


この漫画、就中、オススメです。

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