なにか力になりたいです


カリスマサイドっていう演劇のようなダンスのようなパフォーマンスのようなユニットをやっています。
今年の4月くらいに立ち上げたユニットでまだ立ち上げから2ヶ月くらいしかたっていないのですが小規模なものを含めるとすでに3回公演をやりました。この団体は商業的なバイアスを受けずに、つまり現段階ではまだほとんど大人(自分も年齢的には十分大人だけど)の力を借りずにワクワクする事をやろうという方向性で運営しています。

前例のない事をやろうとしているのでどんな集団なのかわかりにくいのですが、NACAR DENGER GANGやChim↑pomのような独自性がありインディペンデントでポップで文化的で時代性に即していて、かつ一回性の強い今目の前で起こっていることを見せる公演をやっていく集団です。私はそういう感じにしたいと思っています。全然違うかもしれないけど。



そのカリスマサイドについてちょっと言及したいことがあってブログを書いてます。



私のブログのせいで二次被害が広まってしまったら申し訳ないので詳細は伏せますが、メンバーの通っている大学の同期の人間が『匿名掲示板でそのメンバーのことやカリスマサイドのことを名指しでディスっている』と教えてもらったのです。

かなり色々チェックしてくれて多分公演も見てくれているみたいなので、このブログも読んでくれている前提で言いますけど





あのー、単刀直入ですが入りませんか?カリスマサイドに






なんでこんな事を言うかというと、わかるんですよ気持ちが。

「わかる」っていうと大げさで身勝手で、本当は他人の気持ちなんかわかるわけがないので概ねの輪郭をなんとなく想像してしまうってことなんですけど、その同期の方は芸術系の大学生で、そろそろ就職活動や今後の進路について具体的にイメージしなければならない時期なので、多分煮詰まっちゃってるんだろうなあって。
勝手に予想されて遺憾の意を抱いていらっしゃるかもしれませんが、私も美大生だった時にすごく苦しくて煮詰まっててやるせない思いを抱えていたのでなんとかして力になりたいなあと思うんです。


だから入りませんか、カリスマサイドに。よかったら。


けっこう叩くっていうのもエネルギーのいる行為で、情報を収集して自分なりに咀嚼して弱点と思われる部分を発見して共感を得るような形でアウトプットしなければいけないので、そこまでしてくれるということはどんな形であれカリスマサイドに関心を持ってくれているということだと思うんです。カリスマサイドはまだ世間的にはなんの集団か全く認識されていないし、走り出したばかりで実態を構築している最中で広告的な働きかけもまだ全くしてなくてまとめブログにも「水野しずとミスiD」ってまとめられるくらいで集団の名前すら出してもらえてないのに、そんな段階で興味を持ってくれに熱心に追いかけてくれてるってそれがネガティブな志に根ざしていようが嬉しいです。私は。関心を持ってもらえるってありがたいです。

なぜなら私が美大生の時に抱えていた苦しさが、自分が作品を作ってもそれを社会に向けてどうプレゼンテーションしたらいいかわからなくてコミットできないとこに対する歯がゆさや、自分のどうしようもない不器用さからくるものだったからです。

もっと広い視野で世の中を見て自分から積極的に関わっていけばよかったのですが、クラスメイトに話しかけることすらできなかった私には積極的に自分を出すことができませんでした。もっと言うと、自分なんか見せると大体周囲に混乱をもたらすのであんまり見せちゃいけないかと思ってました。


そういう私を救ってくれたのは例によってインターネットでした。


当時の私はSNSに強い抵抗感を抱いていました。

私にとってインターネットは匿名という態度で接するべきものだったからです。しかし2011年の震災でそんなことも言っていられないな、このままだといずれ自分は全く誰も知らずにぐったりして部屋の隅とかで死んでいるであろう、おそらく最後に食べるのは干し芋かツナ缶であり、最後に他人とする会話は「なんらかの支払いをしてください」という旨であることは間違いない、そしてその未来(死)は遠くないところに差し迫っていてこのまま安穏としていると避け難いであろうと確信をしたので自分のどうでもいい私的インターネット宗教方針を曲げてSNSを始めたのです。


やってみるまではSNSやってるやつ全員ダサくてみっともなくてくだらないことにとらわれている集団に見えていたのですが、実際にやってみると自分が関わることのできる社会の一旦のような部分に比べると評価軸が多様で、しかも身体性を伴わない分「何か迷惑をかけているんじゃないか…」という妄想にとらわれることもなくかなり自由に本当に自分が思っていることを発信できる場だと思いました。小学生の時にインターネットに触れてモナーが心の友達みたいに思えた時に、地域社会にアンタッチャブルな存在として扱われていた魂が救われたように、普段生きていて見える範囲では不可視のものとされている人間の精神や感覚に触れてやっと少し生きた心地がしました。

その時同期の大学生は死んだ目をしてパチンコの映像を制作するブラック企業に就職していったり音信不通になったり精神崩壊して実家に帰ったりしていました。自分がそうならなかったのは、ギリギリのタイミングで素直に自己開示をすることができたからだと思います。あと大学を辞めて自分のままで生きる覚悟が遅すぎるけどやっとできたからです。


あの時の暗澹たる空気を忘れることができません。


その苦しみや疎外感は、当然自分がもたらした結果でもあるのですが、美術教育の欺瞞やビジネスでしか測れなくなっている部分(一般大学でも同じようなことが起こっているとは思いますが)にも起因するものではないかと思うので煮詰まって苦しんでいる人のなにか力になりたいと思うのです。

だから、カリスマサイドなんかに加担したくないかもしれませんが、それでもなんらかの形で力添えができればと思うのでよかったら連絡をください。話を聞かせてください。



いつでも待ってます


水野しず(気さく) kisaku@mizunoshizu.com