今日は具合が悪く、寝込んでおりました。ですから夜は打ち上げに招かれていたのですが、少々遅れて参加しようと考えました。遅れる旨をメールし寝込んでいたのですが、とても暇なのでTwitterに「私は乙女だから、1日だけ岸部一徳になりたい」と投稿したところ、直後に「迷っていらっしゃいませんか?」という連絡を主催の方から頂きまして、これはダブルミーニングに違いない、そのように思われて仕様がなかった為、歯を食いしばって家を出ました。駅への道すがら、向かって歩いてくる人の視線が私の腰回りに集中しておりました。私はふと気がついたのです。若干丈の長いセーターと若干丈の短いショートパンツを合わせて着てしまったが為に、下半身に何も身につけていないように見えると。嫌だ、恥ずかしい。大変な猥褻だと思われたら心身に堪えると思ったのですが、私は我慢を致しました。一旦家に戻ったらコンディション的に再び家を出るのに
間くらいかかりそうですし、
そういう都合の悪いことは脳から消す訓練をしているから大丈夫なのです。


個室の中華料理屋に到着すると、すでに円卓の上に前菜やフカヒレスープ、北京ダックなどの料理が並び賑わっておりました。私は北京ダックを食べたことがありませんので真っ先に手にとって、よく観察しました。まあでも見た感じは米粉ご飯クレープという感じの原宿感のある外見であって、さほど高級な部類に属する食べものという感じはしない。発していない。「気」を。なんならヘナヘナしていて輪郭が曖昧だし、所謂高級食材代表の伊勢海老とか雲丹などと比べるとゆるキャラっぽい、ヘタウマっぽいと言わざるを得ない。自然、水野の顔とか表情もユルいタッチにはなってくる。なぜなら、口から入ってきているものと顔のタッチがある程度近くないとなんだか恥ずかしいからです。そりゃあ肉まんを食べるときとヴィシソワーズを食べるときでは絵柄変わってきますよ。顔の。劇画タッチで肉まん食べるのはなんかキモいじゃないですか親子丼ならまだしも。

だから、なるべく 

そらジロー


みたいな絵柄の顔?空気感?ていうかニュアンス?そういう世界観で北京ダックを食べていたのですが

「初めて食べました」

と申し上げたところ、列席者の方が

「さっき店員が皮を切り取る前の丸焼きのダックをわざわざ見せにきましたよ」


と仰るのです。
そこで水野はそらジローじゃなくなりました。ノーマルの水野になりました。己の侮りを恥じました。北京ダックを食べ逃したことに気がつきました。

なぜなら、北京ダックの本質は、「捨て」であることに気がついたからです。

高級、とか豪華、って突き詰めていけば限りないものだと思うんですけど、人間の胃袋には限界がある一方、イマジネーションには限界がありませんので、先に丸焼きにしたアヒルを開陳し、今から調理を致しますとビジュアルを提示することで、

「皮以外はすてちゃうんですよねぇ〜〜」

「勿体無いですねぇ〜〜」

って言いながら仕上がりを待つ時間が恐らく「北京ダック」という料理(エンターテイメント)の本質、であって、そのあとに出てくるシートに包まれた皮は、副産物、要するにケチなオマケに過ぎないのです。私はそのケチなオマケを丁寧に観察しながら


「初めて食べました」


などとトンチンカンなことをぬかしてしまったということです。噴飯物の事態でございます。
さらに列席者の方が、

「高いコースを予約すると、目の前で皮を切り取るところまで見せてくれるらしいですよ」

と仰るので、この「捨て」のエンターテイメント性は、店側も重々承知の上で、寓を装った絢爛ではなく金銭、日本銀行券という極めて明確な基準に基づいて提示されるサービスということまでが明示されてしまったのです。恥辱の極みでございます。フィンガーボールの水を美味く頂いたようなものです。


ぜんぶ岸部一徳のせいだ。

(ツイッターアカウントを岸部一徳名義にしたらフォロワーがだいぶ減りました。紛らわしいことをしてしまいどうもすいませんでした)