私は高校の同級生の顔をほとんど覚えていない。

もともとはまじめ人間で記憶力もわりと良かった。

ところが高校生くらいになって自意識が発達しはじめると自分の痛々しさに耐えられなくなり、
過ぎ去ったことがあまりに鮮明に脳裏に焼き付いていると苦しみが強いので
無意識のうちに、意図的に記憶をあやふやにして精神を防御するくせを身に付けていた。
そのせいで印象的だった感じのできごともあまり記憶がない。


高校の友達に話を聞いていくつかエピソードを思い出した。


エピソード①「前世」

体育の時間にやることがなくてたいそう座りをしてぼーっとしているときに
その辺に落ちていた木の棒で熱心に地面に落書きをしていた。
隣に座っていた友人はかなり心の優しい人だったので、

「しずちゃん、なに描いてるの?」

と、話しかけてくれた。
私は質問を無視して、

「この木の棒ももちゃんの前世、この木の棒ももちゃんの前世」

と言った。(全く記憶にない)

ももちゃんには他にも
シャッター閉め子とかサイコロとかいろんなあだなつけてごめんなさい。
すいませんでした。
当時一緒に楽しい時間を過ごしてくれてありがとうございました。
あとファイナルファンタジー7の映画を見る為に貸してくれたPSPの充電を切らしたのもすいませんでした。


エピソード②「シャボン玉」

高2のときの国語教師はかなり心が優しく、教師経験が浅いおっとりした雰囲気の女性で
見た目もかわいい感じだったのでわりと生徒に好かれていた。
(名前は思い出せない)

私は授業中なぜかシャボン玉で遊んでいた。
最初は先生もスルーしてくれていたが、
そのうち教室中がシャボン玉だらけになり、流石に無視し続けることができなくなったので

「水野さん…これはどういうことでしょうか?」

と聞かれた。

窓際の席だったので、

「なんかよくわかならいけど窓から入ってきました」

と答えたら先生は

「そうですか…」

と返してそのまま授業を続けた。



③「腹の立つ坂田」

②ででてきた国語の先生は優しくてよかったけど、嫌な人間もいた。

高2〜3のとき担当だった英語教師である。
彼はアホの坂田から愛嬌や可愛らしさを取り除いて
野田総理の腹立つ感じをトッピングしたような風体だった。

今思うと性格はそんなにものすごく最悪という程でもなかったと思うのだけど、
あまりに外見の感じとしゃべり方の印象が劣悪すぎる、英語の発音がど下手、
調子に乗りやすい、人をバカにするのが好きな性格、等のせいで生徒にゴキブリ並の嫌われ方をしていた。

私と友達のももちゃんも、坂田のことが大嫌いだった。

ある日ももちゃんに

「坂田むかつきすぎてまともに話聞けないけどかと言って英語の成績が下がるのはいやだしどうしよう」

と相談された。根はまじめだった。


私はしばらく考えた。



数日後、



「ももちゃん、いい方法思いついた。坂田の話を聞いているときに坂田のおでこにフォークが刺さっているのをイメージしてじっと見ていると、むかつきがかわいそうさとブレンドされて和らぎ、さらにビジュアル的なあほらしさも相まって話を聞くのに耐えうるくらいにはなる。」

実際ももちゃんは英語の時間に空想フォーク刺さりを実践して、

「すごいいい方法だね」

と言った。



ただ空想フォーク刺さりには一つ難点があり、
それは人間が、他人の痛みには鈍感で、いずれ慣れてしまうとい性質を持っている為に、
フォークが刺さっているのを長時間見ていると、
だんだん「それがどうした」という気分になってくるという点である。



せっかくいらつきが治まりムヒを塗ったような気分になっていたのに
むかつきがしつこいかゆみのようにぶりかえしてくる。

私は空想上で坂田のおでこにもう一本フォークを刺した。


その時ももちゃんは、

”坂田が巨大ミキサーに閉じ込められていて自分がそのスイッチをいつでも押せるように握っている”

という空想でなんとか話を聞いていたらしい。



まじめな人は怖いな、と思った。

私は中学、高校と名古屋の学校に通っていた。

高校3年生のとき、先生が


「名古屋は終わってる」

と言った。

よく意味がわからなかった。







2年後、意味が分かった。






高校卒業後、私は大学受験をして東京の大学に通っていた。

20歳になる年の明けに名古屋の高校から、

成人式パーティーをやるので出席者は連絡をください、と手紙が来た。



私が通っていた高校はお嬢様校っぽい感じで、

大学生になってからも

「医者と弁護士集めた合コンやるよー☆出席者は連絡」

というメールがきたりしていて、

いやー私には意味分からんノリだわ

と思ってスルーしていたので、なにか一抹の不安感というか、

形にならない妙な胸騒ぎのような感覚があった。



パーティー当日


趣味で着付けをしている母に、紅型染めの素晴らしい振り袖を着せて頂いた。

そして晴れやかな気分でパーティー会場である

"キャッスルホテル名古屋"

へと向かった。



"キャッスルホテル名古屋"は名前の通り名古屋城が見渡せる羨望を売りにしたホテルである。


他地域の方には理解し辛い感覚かもしれないが、

名古屋人にとってはオーシャンビューならぬ名古屋城ビューが最高の贅沢とされているのだ。


そして会場であるメインホールには、

華美で豪奢な様を美徳とする名古屋人の感性、

DNAに刻まれた名古屋人の本能に従い、

煌びやかで高級な振り袖を身にまとい歌舞伎町のホステス顔負けの様相を呈する女性、400人が集い、

クンブメラーのガンジスを彷彿とさせるような彩りと混沌の渦、

名古屋人の情念の集大成とも言えるような一つの曼荼羅図が描かれていた。



会場に設置されたクロスをかけたテーブルに、続々とオードブルが運ばれていた。

海老フライやエビのにぎり寿司が華々しく盛りつけられている。

司会が乾杯の音頭をとり終わると、衆目の視線は赤いビロードのカーテンに向けられた。


「名古屋城のご開帳であります!」


この日のクライマックスのシーンであった。

厚いカーテンが左右に引かれると、自然と拍手がわき起こった。

そして観衆は海老フライをつまみながら金のシャチホコを心ゆく迄堪能したのだった。




ここまで分かりやすく見事に型にはまる名古屋…



「終わってるな…」



かつてピンとこなかった先生の言葉が心にしみた。



世の中へんな人が多すぎて自分がまともなのかそうじゃないのか分からなくなってきます。
会う人会う人おかしい人間ばかりなので紹介しきることができませんが、
せっかくブログをやっているので少しずつ小出しにして紹介していこうと思います。

最近思い出したへんな人その①

高校生のとき通っていた予備校にいたF見くん(へんというよりアホ)

予備校終わりでコンビニによったらF見くんがリポDを購入していました。
それで、疲れてるのかーと思ったんですけど、
彼は「あー超喉かわいたー」とか言うんですよ。

なぜそんなに喉がかわいてるのにリポDを飲むのか。

F見くんは、

どうせ同じお金を払うのに水とかお茶に金を出すのは勿体ない。
それならリポDを買った方が得だ。

と主張していたのですが、よく意味が分かりません。
液体ならなんでも飲んだ分だけ喉の乾きが癒せると思っているのでしょうか。
あまり想像したくないことですが、もしそうだとしたらかなりのアホです。

なぜ人間は喉が渇くのか理由を考えたことがないという恐れもあります。
ただでさえ喉が渇いて体液が濃くなっている状況でリポDなんか飲んだらしんどそうですが。

「栄養ドリンク=常に良いもの」

というバックグラウンドを視野に入れない考え方もいかにもアホ、という感じがしていいですね。
あと私の経験上ですが身体感覚に鈍感な人はアホ率が高いです。



ただ彼の場合は顔がかっこよく、顔だけ見れば一見かしこそうな作りをしていたので、
彼の意味分からない理屈に突っ込みを入れる人はいませんでした。
(私もあえて何も言わなかった)
言動のおかしさより顔の説得力が勝るくらいの感じがあったんですよね。
そのせいでアホさ具合が周囲の人間から是正されず、
アホのガラパゴス化がかなり進行している状況だったので、今どうしているのか気になります。






その②
以前のバイト先の同僚N田さん

彼女は役者さんでかなり本格的に女優業を志している方だったのですが、
私生活に置いても常にスポットライトを浴びているような感がありました。

当時読んだ鴻上尚史の本に、

”役者には喜劇役者タイプと悲劇役者タイプがいる”

みたいなことが書いてあったので、薄々答えが分かりつつも

「N川さんはどちらのタイプですか?」

と伺ってみたら、
彼女は洗い場へ視線を落とし、少し吐息を漏らすようにして2〜3秒のタメを作った後、

「私はね、悲劇の女なの」

と語ってくれました。
(正直なところ外見的には喜劇が似合いそうな印象)

彼女は自己犠牲によって生き甲斐を得る感じのタイプの方だったので、
売れ残ったケーキを自腹で購入して連絡用ノートに

「売れ残りの○○は、私、N本が買い取りました」

と書き残すなどして同僚にかなりのプレッシャーを与え、
そのプレッシャーによって新人のアルバイトが5人くらい連続で1ヶ月ももたずに辞めて
なんか店長が本社の人とかに怒られてて可哀想でした。

私が見た限りでは最高3つくらいケーキを買い取ってて
休憩室で机の上に置いたケーキを見つめながら

「この甘さが…辛い…」

という名言を残していました。



甘さも痛みに変える貪欲なM精神は、素晴らしいの一言でございます。

スージー甘金さんの絵がとても好きです。
こんな絵

私は「ヒカシュー」というバンドの音楽もすごく好きなのですが、ヒカシューとスージーさんの共通点として、「ポジティブに嫌」という感じがあると思うのですよ。略してポジ嫌。



ヒカシュー「びろびろ」

誰が考えたのか分からないけど、横向きの月ににやにやした顔が描いてあるイメージがよくあるのですが、あれがかなりポジ嫌感が強いです。

スージーさんのイラストにもこんなやつがでてきます。絶対偶然ではないです。


前向きで好意的に、我々のつつがない日常を邪魔してくる感じです。

あとはB'zにも同じものを感じています。
上手く伝えるのが難しいけど…



B'z「恋心」
このライブ映像「松本に相談しようか~」の歌詞の辺りで後ろの映像で松本さんがハートマークのフレームの中に写っています。歌詞とリズムの合わなさもすごい。嫌要素が薄いのでジャンル違いかもしれません。


漫画のドラえもんも、アニメのイメージが強いから昔は気づかなかったけどポジ嫌の世界観ですよね。ポジが強いけど。藤子先生は絶対ポジ嫌的なものを意識していたと思うのです。


大学の時の友達で小長谷明弘君というアニメとか漫画を作っている人がいるのですが、彼の作品もポジ嫌で、スージーさんの世界に近い感じがします。非常に面白いので彼の作品が早く簡単に見ることができるようになって欲しいと常々思っています。



小長谷明弘「人情物語」




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