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明日のイベント前売り券が今日の18:00までなんだが、今回告知忘れて全然してなかったから会場に誰もいないんじゃないかという強い不安にかられている

http://www.loft-prj.co.jp/schedule/lofta/68732

ゲスト呼んでないので粛々と集まる秘密結社のような感じにしたいので粛々と来てください(最近カリスマサイドの稼働が多いからあえてソロイベントにした)

ツイッターで大々的に告知するっていうよりかなんとなく聞きつけてそういう感じの人が必然的な感じで集まってるムードにしたいんだよね

うっかり間違えて入って来た人が2秒で出てくくらいのムードです

「金輪際」って手描きしたハチマキを会場で販売します。それはもうけが目的じゃないので原価で100円くらいで売ります。買った人はその場で付けてください。なるべく多めに作ります(今から)

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なにか力になりたいです


カリスマサイドっていう演劇のようなダンスのようなパフォーマンスのようなユニットをやっています。
今年の4月くらいに立ち上げたユニットでまだ立ち上げから2ヶ月くらいしかたっていないのですが小規模なものを含めるとすでに3回公演をやりました。この団体は商業的なバイアスを受けずに、つまり現段階ではまだほとんど大人(自分も年齢的には十分大人だけど)の力を借りずにワクワクする事をやろうという方向性で運営しています。

前例のない事をやろうとしているのでどんな集団なのかわかりにくいのですが、NACAR DENGER GANGやChim↑pomのような独自性がありインディペンデントでポップで文化的で時代性に即していて、かつ一回性の強い今目の前で起こっていることを見せる公演をやっていく集団です。私はそういう感じにしたいと思っています。全然違うかもしれないけど。



そのカリスマサイドについてちょっと言及したいことがあってブログを書いてます。



私のブログのせいで二次被害が広まってしまったら申し訳ないので詳細は伏せますが、メンバーの通っている大学の同期の人間が『匿名掲示板でそのメンバーのことやカリスマサイドのことを名指しでディスっている』と教えてもらったのです。

かなり色々チェックしてくれて多分公演も見てくれているみたいなので、このブログも読んでくれている前提で言いますけど





あのー、単刀直入ですが入りませんか?カリスマサイドに






なんでこんな事を言うかというと、わかるんですよ気持ちが。

「わかる」っていうと大げさで身勝手で、本当は他人の気持ちなんかわかるわけがないので概ねの輪郭をなんとなく想像してしまうってことなんですけど、その同期の方は芸術系の大学生で、そろそろ就職活動や今後の進路について具体的にイメージしなければならない時期なので、多分煮詰まっちゃってるんだろうなあって。
勝手に予想されて遺憾の意を抱いていらっしゃるかもしれませんが、私も美大生だった時にすごく苦しくて煮詰まっててやるせない思いを抱えていたのでなんとかして力になりたいなあと思うんです。


だから入りませんか、カリスマサイドに。よかったら。


けっこう叩くっていうのもエネルギーのいる行為で、情報を収集して自分なりに咀嚼して弱点と思われる部分を発見して共感を得るような形でアウトプットしなければいけないので、そこまでしてくれるということはどんな形であれカリスマサイドに関心を持ってくれているということだと思うんです。カリスマサイドはまだ世間的にはなんの集団か全く認識されていないし、走り出したばかりで実態を構築している最中で広告的な働きかけもまだ全くしてなくてまとめブログにも「水野しずとミスiD」ってまとめられるくらいで集団の名前すら出してもらえてないのに、そんな段階で興味を持ってくれに熱心に追いかけてくれてるってそれがネガティブな志に根ざしていようが嬉しいです。私は。関心を持ってもらえるってありがたいです。

なぜなら私が美大生の時に抱えていた苦しさが、自分が作品を作ってもそれを社会に向けてどうプレゼンテーションしたらいいかわからなくてコミットできないとこに対する歯がゆさや、自分のどうしようもない不器用さからくるものだったからです。

もっと広い視野で世の中を見て自分から積極的に関わっていけばよかったのですが、クラスメイトに話しかけることすらできなかった私には積極的に自分を出すことができませんでした。もっと言うと、自分なんか見せると大体周囲に混乱をもたらすのであんまり見せちゃいけないかと思ってました。


そういう私を救ってくれたのは例によってインターネットでした。


当時の私はSNSに強い抵抗感を抱いていました。

私にとってインターネットは匿名という態度で接するべきものだったからです。しかし2011年の震災でそんなことも言っていられないな、このままだといずれ自分は全く誰も知らずにぐったりして部屋の隅とかで死んでいるであろう、おそらく最後に食べるのは干し芋かツナ缶であり、最後に他人とする会話は「なんらかの支払いをしてください」という旨であることは間違いない、そしてその未来(死)は遠くないところに差し迫っていてこのまま安穏としていると避け難いであろうと確信をしたので自分のどうでもいい私的インターネット宗教方針を曲げてSNSを始めたのです。


やってみるまではSNSやってるやつ全員ダサくてみっともなくてくだらないことにとらわれている集団に見えていたのですが、実際にやってみると自分が関わることのできる社会の一旦のような部分に比べると評価軸が多様で、しかも身体性を伴わない分「何か迷惑をかけているんじゃないか…」という妄想にとらわれることもなくかなり自由に本当に自分が思っていることを発信できる場だと思いました。小学生の時にインターネットに触れてモナーが心の友達みたいに思えた時に、地域社会にアンタッチャブルな存在として扱われていた魂が救われたように、普段生きていて見える範囲では不可視のものとされている人間の精神や感覚に触れてやっと少し生きた心地がしました。

その時同期の大学生は死んだ目をしてパチンコの映像を制作するブラック企業に就職していったり音信不通になったり精神崩壊して実家に帰ったりしていました。自分がそうならなかったのは、ギリギリのタイミングで素直に自己開示をすることができたからだと思います。あと大学を辞めて自分のままで生きる覚悟が遅すぎるけどやっとできたからです。


あの時の暗澹たる空気を忘れることができません。


その苦しみや疎外感は、当然自分がもたらした結果でもあるのですが、美術教育の欺瞞やビジネスでしか測れなくなっている部分(一般大学でも同じようなことが起こっているとは思いますが)にも起因するものではないかと思うので煮詰まって苦しんでいる人のなにか力になりたいと思うのです。

だから、カリスマサイドなんかに加担したくないかもしれませんが、それでもなんらかの形で力添えができればと思うのでよかったら連絡をください。話を聞かせてください。



いつでも待ってます


水野しず(気さく) kisaku@mizunoshizu.com


今週の金曜日にロフトプラスワンで『謝罪オペラ』の公演があるのですが、これ見逃しちゃうしずラーはもったいない…って思えるくらいしずラーが水野しずに求めているエッセンス的な要素が濃厚な仕上がりになっているのでオススメポイントを説明する事にしました。本人がそんな事を説明するのは倒錯している気もするけど練習してて「うわーしずラーが求めてるのまさにこれでは」というのが見えた感じがあったので頑張って説明します。ただ自分はどうにも説明っていうのが苦手なので上手く説明にならない可能性もけっこうあるのですがそれは本当にしょうがないので勘弁してください。
ブログの読者の人は普段のコラム的な感じと違うのでその辺りを勘弁してください。
それ以外の人は特に勘弁しなくて大丈夫なのですが、せっかくなので今本筋とは関係ない文章を読まされているという点を勘弁してください。

ちなみに「しずラー」っていうのは水野しずのファンのことです。各々が自称する感じのシステムです。
特徴としては しず「ラー」 っていう総称っぽい呼び方の割に総称感がなく各々が孤立無援の状態から「水野しず」という唯一の接点をもとに紐づけられ物理学的に宇宙に存在している四つの力「重力、電磁気力、強い力、よわい力」のうちの「よわい力」でのみで拙く心細くやわらかく集まっているという切なくてうつくしい感じのあつまりです。(私はそれを宇宙的にうつくしいと思っています)


オススメポイント①

「水野しず脚本、演出でやりたい事やりすぎ問題」

内容はネタバレになっちゃうから詳しく説明できないけど最後まで心の準備が終わらない続けるアトラクション要素が強いので結構見る側が試される感じになると思います。(私のパフォーマンスは毎回そんなふうですが、演者が多い分力場っていうか逃れられなさみたいなものが歯止めが効かなくなっている感じである)
一応文字に起こした脚本に沿って展開されていくんだけど、なぜか決まったストーリーなのに予定調和要素が一切ないので練習をしている段階ですでになんと言ったらいいのでしょうか、人間じゃない生き物の感情を追体験しているような神秘体験をしました。極めてわかりにくい上にスピリチュアル要素まで混入してしまった気配があるので一応簡単なあらすじを記載します。

『謝罪オペラ』テーマ:原罪とラグジュアリー・シリアスとポップ

没落貴族の少年は城に幽閉され毎晩悪夢にうなされていた。城にいるのは少年と母、執事の3人だけ。
悪夢にうなされる少年は母に助けを求めるが、母の心はすでにこの世にはない。
少年は執事とともに城を抜け出し、狂乱に明け暮れる。

一方そのころ、スラム街の乞食が「美」に目覚めた。
少年はアフロディテに出会い、ファッション界でのし上がる。

すいません、なるべくあらすじっぽくまとめようとしたんですけどこれくらいの情報量が限界でした。
全然違うと思いますがあとは舞台を見てください。


ポイント②

「二度とやらない問題」

ポイント②は今回に限ったことではなく、カリスマサイドは同じ公演を二度とやりません。
やりたくてもできないのです。そういう人しかいません。

「カリスマサイド」って集団に見えるかもしれませんが、集団というよりは個が舞台上で同じ時間軸を生きる集まりという感じなので連日練習していても団体っぽくはならないです。
(他人を侵食して融合しようとする人がいないので行動パターンとかが楽屋でもずっとバラバラのままでわりとレアな現象だなーと思う)


ポイント③

「キラーチューン使いすぎ問題」

一曲でも悶絶するレベルの脳しびれ曲を大量投入しているのでコカインの入ったコカコーラみたいになっています。


ポイント④

「オリジナル曲カッコイイ問題」

先日の阿佐ヶ谷ロフトのイベントにゲストで出てもらって弾き語りをしてくれたなかのーまるちゃんが、私が作った詩に曲を載せてくれました。劇中で弾き語りします。今まだ手元にあるのが仮歌なんですけどよすぎて50回くらい聴いてる。
私があまり作詞っていうことを念頭に置かずに詩を作ったんですけどイメージしたのとは全然違う回路で届くようにしてくれて、自分が作った言葉が他の人の解釈で違う伝わり方をするように響いているのが異常に気持ちよかったです。



ポイント⑤

「エンターテイメントバーレスクタイムでインディアがホストクラブをやるとか言ってる問題」

※当日どうなるかわかりません


ポイント⑥

「第二部のトークショーの切り口多すぎ問題」

※押す可能性がけっこうあるのでバーレスクタイム中に物販済ませるの推奨


そんなかんじですか?

詳細は以下のURLを見てください。今日は疲れたので休みます。

http://www.loft-prj.co.jp/schedule/plusone/66616




※もしよかったらコメント欄でカリスマサイドのイメージを教えてください
(マーケティングできるタイプの人間がいなさすぎ問題)


自己紹介に病気を使う奴全員クソバカ


またしょうもない悩みにマジレスしてしまい人間はいつ死ぬかわからないし時間も有限なのでブログに晒します。

(注:ムカついて内容がキ◯◯◯なので許容できなさそうな人は読まないでください、あとクソバカを想定して文字がカラフルです)


Q.

夜中の番組を拝見し、メール送らせて頂きました。
 
 
いきなり相談なのですが、自分は発達障害と、
統合失調症という病気もちの、
障害者です。
 
ハタチの頃は芸人を目指し、
めちゃくちゃ金稼いでやると思っていたのですが、
現実は甘くはありませんでした。
 
芸人を諦めた今でも、特技というか、
人より秀でていると思うことは、
ギャグしかありません。
 
でもギャグではお金を稼ぐことはできません。
人間関係で、すぐ仕事は、つまづいてしまいます。
自分はどうすればいいのでしょうか。
 
ファンになった、水野さんに、
アドバイスを是非頂きたく思い、
メールさせて頂きました。

今日で33歳の誕生日を迎えた、
統合失調症の自分に、
何かエールを、しず様下さい。

(注:追加のメールで介護系の仕事をしつつ葛藤しているというような事を言っていた)



A.

あなたからのメッセージを読んで思ったことは

「この人は自分の目標に対して本気で実現する覚悟があるのだろうか」

ということです。

仕事か夢(ギャグを発信する媒体になること)

の二択で物事を考えていらっしゃるようですが、その考え方自体が時代に即していないというか、


今は好きなことを仕事にしている人、例えばお笑い芸人事業主イラストレーター物書きモデル漫画家

なんでもそうだと思いますが本業一本という考え方をしている人間はさほど多くはないと思います。

一人の人間が状況に応じて多様な生き方をするのが当たり前でそのためのインフラが整っておりやりたいこともあるのに今すぐ始めないことが不思議でしょうがない、もっというと本当にやりたいわけではないのでは。

その程度の気持ちなら職業に従事して「事」に仕える(仕事)ことで強すぎる自我から自由になり目の前の物事を深く味わうような生き方があなたにとっての一つの幸せではと思うのです。

あなたが今私にメッセージを発信するのに使用している何らかのインターフェースを自己発信に使おうという考えはないのですか?

やりたいこと以外に仕事を持っているという現状は体験を別のフォーマットに置き換えてフェードバックできるチャンス、メリットという考えはお持ちでないのですか。


早く諦めて幸せになってみてください

それがいやならもう少し周りを見て自分の頭でものを考えろ。

あと精神疾患だろうが何だろうが特段偏見はないが、自己紹介に病気を使うなクソバカ誕生日おめでとう



【関係ない追記(本題)】
すいません、メールをくださった方だけではなく病名主体の切り取り方で自己PRされることが頻繁にあるので言わせてもらいますけど




自己紹介で病気を言ってくる奴はマジで何にも考えてないクソバカ

そんな安易な手法で他人の同情もしくは気をひけるとでも思ってるの?

もしくは同類(違うし)と認識してもらえるとでも思ったか。マヌケもいいとこだ。マジレスだが「医者に言え」

国民皆保険を利用した上で金を払って医者に言え。三割負担だ馬鹿野郎。発達障害の薬に関しては自立支援制度を利用すれば自己負担割合をもっと少なくできるし保険入ってなかったら入れ。入る金もなかったら生活保護の相談を市役所の窓口でしてこい。基本的なシステムだから学校で習うだろ。もし知らなかったらすまんがそうだとしても病気で自己紹介はするな。やめておけ。

いい機会だからお前の病気(あるいは個人の特性から生じる社会との齟齬)は「置かれた状態から発生する現象」のことだという根本的な事実をよく頭に叩き込んでおけ。

つまり状況を分析して改善する考えもなしにそれを他人に発表するのは基本的には他人から見たら大マヌケにしかみえないんだよ。

もしかしたら現在発生している症状の特性で客観的に自分の状態を考える事が難しくなっているかもしれないからたとえ話をする。

毒の沼地にいる人間に「自分は一歩歩くごとに体力が減り体が紫色になっているという人です」って言われてる。「出ろ」


もしかしたらあなたにとっては全世界が毒の沼地かもしれない。だったら体が紫なのはエターナルピュア・ナチュラル・オーガニック・マクロビオティックだから安心しろよそれは病気ではないから風の谷のナウシカの漫画版でも読んでその曲げる事のできない圧倒的強靭なアティチュードをオリジナルのリリックで表現して欲しいし、病名くらいのことで説明がつくんだとしたら早いところ馴染む努力をして善良で一般的になってくれ

「うつです」て。

ど直かよ。感想の持ちようがないわ。なんか最近感想の持ちようがないことを他人に言うスタイル流行ってるの?だったら言わせてもらうけど自分は左足の親指が軽い巻き爪だけど特に悩むほどではないから安心して欲しい

そりゃあ多くの人に広く認識されてるような人が発表するんだったら別だけど。ガチャピンに「うつです」って言われたらガチャピンがうつになった経緯を詳しく聞きたくなるけど知らない人に言われたところで「虫歯です」「歯医者行けば?」と同じだし。むしろそれ以外なんかありますかね?あったら是非教えてください。


ワシかて医師から『障害者手帳3級いけます』とお墨付きをいただいているご身分だがなんぼのもんじゃい「おかわいそうで、結構」おかわいそう発表会をやりたかったらそういう自助会に参加するがいい。認めない。お前の社会から疎外される性質を切り取って名前をつけたものをお前だとは絶対に認識しない。そんな人間私の脳からは消してやる。






























追記② 追記を書いてる間にまたメールが来たのでしょうこりもなくムカついて返信しました。


【メール】

しつこくすみませんでした。
くだらない質問も。

ただ、1つ誤解がありまして、
職業に就いていると言っていましたが、
作業所という、福祉施設で、職員としてではなく、
利用者として、知的障害の方達と、
内職やら清掃の、仕事ではなく、作業をして、
月、二万ぐらいの、工賃というものを貰い、
後は障害者年金で、暮らしているんです。

職業は、と問われた時は無職になります。

こんな自分の現状が嫌で、
ハタチの頃の養成所の頃が夢があり幸せだったと思う毎日で、あの時の様に、楽しくなりたいと思ったのです。

障害者の枠の中だけで生きている、
今の自分の現状が嫌になるんです。
でも仕事とまでは今の状態からすると出来ない、
という感じなのです。

それだけは理解して頂きたかったんです。

すみませんでした。

これからもファンでいます。




【水野しずの返信】

枠の中で生きてるって自分でそう決めつけてるだけだし

勝手にやりたい事やって自分でそう思ってる枠からはみ出せばいいのに

ギャグやりたいって

本当にそういう気持ちがあったらすぐにでもスマホかなにかで動画とってyutubeにあげればいいじゃん毎日

実行せずにあの頃は夢があったとか

障害者の枠組みの中だけで生きてるとか

迷惑でだるい自己弁護を繰り広げられてそんなやつにファンですって言われてもこちらからお断りだよ!!!!!!!!!!!!!!!!!

実入りがあるんなら仕事しなくていいじゃん

多様性を担保するっていう人類の生存戦略に寄与してる事は確かなんだから

過大すぎる自己評価に見合わない現実に心が折れてるんだったらギャグやりたいって気持ち自体フェイクだから

その辺見極めるために有り余る時間を使って自分の気持ちを見つめなよ 滝にでも打たれてろ

マジでクズは言い訳が多いな そんな言い訳で理解できると思ったかこちとら水野しず歴28年だよリアルクズめ
 












 

(TwitterのDMで寄せられた悩みについてよく返信をしているのですが、この悩みは普遍性がありそうなのでブログで回答することにしました)


『意味のない会話が難しい』

友達と会話がうまくできません。対話や情報交換ならできるのですが、会話ができません。具体的には女子話や恋話、お互いのキャラクターをいじり合うことや軽いボディータッチ(ハグなど)ができないのです。僭越ながらしずさんも、対話や自己表現は卓越したものを持っていながらそれゆえに会話は 苦手なのかと思っていました。会話は対話と違ってその場の空気を読む作業なため、空気を自ら壊していくしずさんとは肌に合わないのだろうと思っていたのです。

しかしこの前の「ぱいぱいでか美さんの誕生日祭の夜のトーク部」で非常にリラックスされて会話に参加されており、もっと言えば会話に参加しなくてもリラックスした表情で会話を聞いており、自分が話せる箇所のみ話し笑いを取っており、ちゃんと自分のキャラクターを出していたので私もああいう風に会話に参加したいと思いました。いじることやボディータッチや空気を読むことはできなくても、いじられることで、自己表現することで承認される存在(あの時のしずさんのように)なりたいと思ったのです。

私が会話下手なのは、ボケとツッコミが苦手でお笑いのセンスがないという技術面の問題と、自分をさらけ出すことに常に「人からどう思われるか?自己愛の強い人間だと思われないか?」と躊躇してしまう精神面の問題があると思います。
技術面の問題と精神面の問題をどうカバーしていけばいいのかを考えているのですが、しずさんから見て

1 こんな私はどうすれば、しずさんのような形で会話に参加できると思いますか?

2 またしずさんは自分が会話に参加するためにどんなことを考えていますか?


○水野しずの考え

あの場で会話できたのは「人に見せるという目的を共有している」という前提があったことが大きいのではないかと考えられます。トークショーとして見せるものと考えれば、自分がどう動くのが場の利益(見ている人の楽しさ)にとってプラスになるか非常に明快であるからです。私も平生はあまりそういったボディタッチのような会話には加わりません。そういった会話(いわゆる社会学者の言うところの毛づくろい的コミュニケーションということになるのでしょうか)のフリに対しては黙って考え込んだり、ある意味無粋なコミュニケートに対するゲームという捉え方で遊んでしまうことが多いです。

もももさんの悩みについて考えてみます。会話への参加を目的としてそのためにどのような修練を積めばよいかという考え方をしているようですが、それ以前の問題として会話のボケ、ツッコミって確認作業の反復みたいでつまらなくて根本的にそんなにやる気がわきませんよね。さほど興味も湧かないものを少々の義務感のような出自不明の感覚でなんとか頑張ろうと考えるのは無理があるのではないでしょうか。私は無理なのでやりません。それではどのように対応しているかというと「ボケ・ツッコミ」要するに「想定される受け答えからの一定の範疇に収まる範囲内でのブレの提示と訂正」という前提を別のものに置き換えてしまうことで会話というゲームを自分にとって楽しめるものにカスタマイズしているのです。

具体的に例を挙げてみると、例えばインド人っぽい顔というキャラクター認知をされている人が「お昼ご飯を食べに行ってきます」といった際に「カレーですか?」と返すボケがあるとします。これは会話として非常に成立したやり取りです。なぜなら周囲のキャラクター認知をしている人間にとって極めて想像しやすく正しくゾーニングされたポイントにブレを提示しているからです。このやり取りにより「インド人」というキャラクター認知がより強固なものになり、コミュニケーションは円滑なものとなるでしょう。しかしながら強固になると同時に「会話がキャラクター像の確認作業になってしまい予め想像のつくやり取りに終始する」というデメリットが発生します。このデメリットを避けるためには集団をつぶさに観察すれば良いのです。必ず「ブレの提示と訂正」へのバイアスが発生してきますので、バイアスの発生を見逃さないようにします。そしてバイアスが発生した瞬間(確認作業の共有)に「場の人間の共有するイメージを裏切る」という別のゲームへと転化をするのです。この際の裏切りはゾーニングの境界線上を危うく転がるようなものであれば比較的わかりやすい笑い(空気の崩壊)が発生しますし、ゾーニングから遠いところであれば次のゲームへのルールーを探るための豊かで興味深い感覚の共有(愉快な混乱)が発生します。これは会話やお笑いのテクニックというよりも、どちらかというとアートが社会的に担う役割に近い所業なのではないかと私は考えています。もちろん、どのような種類であれ混乱を嫌うような脳構造のホモサピエンスも存在するのでこのやり方は合わないという場も存在するでしょうが、「存在するなあ」というくらいで特段害はありません。誰かが怒っているとしてもそれは自身の許容の小ささをわざわざ露呈しているだけのことで構うことはありません。

もっと言えば最強の手段は黙っていることではないのかと思っています。私は最近もっぱら「存在する」ということについて考えているのですが、それは要するに影響を及ぼし合うということであり必ずしも言語を必要としないという現時点におけるひとまずの結論にたどり着いたので大人数の飲み会などでは口数を減らして存在することにトライしております。こちらもエキサイティングな試みで非常に楽しいのでオススメです。どちらにせよ要点は「会話の構造は他者と共有しつつそれらを成立させるルールはインディペンデントである」という心がけを持つことです。空気を読むことが重要視されるというこは要するに、多数派のルールや傾向、トレンドを察知して早乗りした順にその場のヒエラルキーが確定するということですが、トレンドの発生源はその場にいる人間の感性に端を発する心の動きだと思うので。(心は動きます)

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