みなさん、こんにちは
三宅あみ です


先日勉強のために向かった横浜。
奥深いですねー

神奈川宿の歴史、開港直後の居留地の文化
そして金川と言われたほど栄えた花街。
対して横浜駅周辺にはほんの数十年前まで
何もない場所だったということが
ありありとわかりました

その様子を教えてくださったのは
FMヨコハマの方と、その方がご紹介くださった
料亭田中家の女将平塚あけみさん
サッパリとした口ぶりで非常に魅力的!
一見で大好きになってしまった女将さんです



歌川広重の『東海道五拾三次』の
神奈川 台ノ景 にも描かれている
「さくらや」が前身の田中家
幕末の文久3年に買い取り
屋号を田中家と改めました。
( ↓ がさくらや。  復刻版 アダチ版画より)


今もこの台地に建つ田中家からは
かつては釣りができたというほど
海が迫っていたのですね


そこに日本初の鉄道"陸蒸気"が
敷かれたのは明治5年。
新橋ー横浜(現桜木町駅) を結んだこの路線は
全長29kmのうち約10kmにわたり
海の中を走っていたのです
八ツ山付近。  (東京都立図書館より)

旧神奈川ー横浜でも堤防の上を走っていて
今の横浜駅周辺の様子がよくわかります。
↓が田中家。  (田中家さんより)

その後の横浜駅前。  (田中家さんより)

かつての建物。  (田中家さんより)



そして、田中家にまつわるキーワードとして
よく出てくるのが「お龍さん」。
坂本龍馬の妻お龍は、龍馬が亡くなった後、
西村松兵衛と再婚の直前に
この田中家で中居として働いていました
外国人を受け入れた田中家では
お龍さんの英語が随分役立ったそうです
↓がお龍さんだったかな。   (田中家さんより)

お龍さんが田中家に残した龍馬からの手紙。
(田中家さんより)



お龍さんが辞めた後も、田中家には
外国人のお客さんがたくさん集まり、
近隣で唯一ドル払いができるお店
英語と仏語ができる芸者さんが日本舞踊と
社交ダンスでもてなしてくれるお店として
繁盛したといいます
芸者さんとローマ風呂。  (田中家さんより)



そんな神奈川の花街も今では利用客が減り
神奈川宿の面影を残す料亭は田中家のみ。
芸者さんも姿を消してしまったため、
田中家の女将さんが奮闘しています!

2017年、20年ぶりに横浜芸者を復活させ
新たに組合を組織して、
日本の伝統文化と神奈川横浜の歴史を
受け継いでいこうとされているんです

新型コロナウィルスの蔓延防止措置により
田中家さんも横浜芸者さんたちも
やはり苦境に立たされているということですので
私もその歴史を伝えると同時に、お店を利用して
盛り立てていきたいと思いました


女将さんからはまだまだ面白いお話しを
教えていただいていますので、
直接女将さんからお話しを聞ける機会を
設けたいと考えています