公演期間中のラジオを終えて開けた日曜日は千穐楽です。良かったらいらしてね。

小さな声のおともだち

芝居の難しい所は、盆栽のよう。といっても、盆栽を趣味にしているワケではないのであくまで勘だけど。小林克也さんが盆栽好きで「すげー、面白いよ」と言ってたのを思い出す。 よくしようと思って、ここに「ハサミを入れるかなぁ」とそうしても、大失敗して「ぎゃーっ!」と全体のバランスが大崩れしてしまうことがよくある(らしい)。触らなければよかったっ?! とな。 芝居も同じで、この駄目出し言ったら、どうなるんだろう?全体に影響を及ぼしてしまって、大変なことになるのではないだろうか? という恐怖がとても大きくあったけれど、本番開けて、そのNG要素が増殖していたので、こわごわいってみたら、なんとかなった。 盆栽の失敗カットのようにならずにすんだ。つまり成功だ。ふー。

状況を読む

役者のタイプを知る事。能力。癖。志向。主幹となる演技が完成していれば、多少の駄目出しには臨機応変に答えられる人は多いけど、主幹が出来上がってさえいないのに駄目出しを出されると、ふらふらして、芯のない演技になってしまい、「ああ、言うんじゃなかった」という事に陥る場合もままある。ほんとよくある。 限られた稽古日数の中で、取捨選択を決めるのは結局妥協すべき事は必ず出てくるんだけど、それでも「ああ、時間に負けた」という風にならなければそれでよしとしないとならない。つまり物作りは妥協の連続なので、〆切がある限り、必ず、心残りはある。それをどれだけ少なく出来るかってことが問題でね。

とりあえず良し

なので、とりあえず、良し!という状況になったのは、千穐楽を前に、ほっと安堵。です。Hot&Coolではないです。 よりこあいたい.gif

モティベーション管理(=創作の土壌)

「小さな声のおともだち」
どうしてこういうタイトルになったかというと、
これはもう観ていただかないと解らない部分もあるやもしれませんが、一言でいうと初めて臨む世界観です。

創作の土壌悶々としてきた結果

創作の土壌は作り手の意欲の持続です。そういったものが牽引してくれるから努力も苦労も出来ますよね。今回は「小さな声でしか話せない人」を登場人物にして物語を作ってみようと思ったのが出発点です。

気持ちの沿革

数年前までずっと中劇場で公演を打ってきた為に、そこでしか開花出来ない役者ばかりとおつきあいする事になりました。当時からずっと感じていた事ですが、舞台映えする顔立ち、動き、声量。だが、当時所属した劇団員の中には、映像演技なら魅力的なのに、とかもっと小ぶりな小屋でお客様と近い環境なら魅力的なのに、と僕が残念に思う役者が何人かおりました。それでも中劇場での公演ばかりなので、一様に発声練習をしていかなけばなりませんし、そうやって腹式呼吸で声を出せるようにならないと舞台には立てません。なぜなら台詞を客席に届けられないですからね。それを残念に思っていた長い期間のストレスを一気に解消にかかっているのが現在のアトリエ公演です。

目の動きや心の機微をしっかり伝えられるし逃げがきかない追い詰められたオクタゴン(笑)のような場所。ハードだけれど、役者や演出の計算が全て届けられる嬉しさと恐怖。例えば顔が小さい女優は、個人的には親しくなりたいと思うかもしれないけど、舞台では映えない人もいる。しかし、小さい空間であれば、とてつもなく魅力的になる人もいる。演出家であると同時に「当て書きを得意とする」劇作家を自負していたので(汗)、どういう出演陣であろうとその人が演じて魅力的になる事を心がけてきた為、空間の制限などによりその役者が魅力的になれないのは悲しく辛いことでした。

出演者だけではなく

出演者だけではなく、作品も同様です。勿論、空間が最初のテーマであり、場所が決まるから物語の創作が始まるのが普通です。

そしてその「劇場」というものに物申す人たちの代表格が紅テントの唐先生であり、劇場というものを破壊し続けた天才寺山修司です。

誘蛾灯」を青山円形劇場で上演したのは、大道具の費用と制作場所がないってことで「円形ならパネル建てなくていいんじゃね?」ということもありましたが(涙)、その緊張感を劇団として味わってみたかった。全包囲されている状態での演劇の楽しさと緊張感。今でもぞわっと来る記憶。

そしてだからこそ、ああいった芝居になったのです。喜劇的要素がありつつ、それでも緊張感が底辺にある。

これと同じように、作品のイマジネーションは「どこでやるか」にも関わってきますし、当然考えるべきです。本当に下らないけど絶対に気にしなければならないことで言えば、上手の舞台袖から下手へ移動するのに奈落を通らなければならない劇場だと、その移動する時間を考慮して、登場人物の登場や退場を考える。二階建ての舞台の公演「ブラザー・リコのJipangu大逆転」を再演しようと思い立ち、とはいえ大道具製作の予算と時間と場所がないなぁということで、元より二階部分があるアトリエフォンテーヌで上演したり。

そして、今回の「小さな声のおともだち」もORSでなければ出来ない事です。稽古がとても新鮮です。

声が小さい人

そしてタイトルの「小さな声のおともだち」というタイトルになった理由ですが、確かに「小声の人たち」でもいいワケで、それを「おともだち」とあえてひらがなにしてみたりなんてのは、勿論理由がある。小さな声の人の人生を追体験してみたら、すぐに解った。

内気。

間違いなく。自分は声が大きくて色々な所で迷惑をかけます。家族でファミレスに行って「すいませーん」と声を出して子供たちから恥ずかしがられるのは日常茶飯事です。スーパーの特売のアルバイトをしていたころ、「大きな声でいらっしゃいませ!を言うように」とオリエンを受けてやっていたにも関わらず「宮川君、もう少し声を小さくしてくれる。お客様からウルサイという苦情が」と言われたりもしたし。てへぺろ。

そうやって考えると今回の公演の準備や創作は、自分の対極を意識すればいいという事が見えてきた。声が大きい人は「自信家」だ。少なくとも人からはそう見える。堂々としているようにも見えるし、「怖い」。うむ。圧が激しい。一緒にいて疲れる(書いてて悲しい)。(実際、自分の女房は鈍感を絵に描いたような愚鈍な人だから勤まっているとしか思えない。←謙さんには内緒だよ←妻は謙さんじゃない)

その対極となると、小心者で自信がない。そういった精神的なこと以外でも、声が小さいということは、いくつかの生活での制限がある。それはこの芝居の具となった(あとは観て下さい)。そこが「あ、できた」と思えた瞬間。こういうのに出会えると非常にものつくりは楽しい。

タイトル

そうやって登場人物の人生を追体験してみたら、「小さな声のおともだち」になった。友人。でもなく。ましてやダチでもダチ公でもなく、マブダチでもない。オタクが二人称に「オタク」というような雰囲気に少し似ているかもしれない。

で。自分は?

はい。僕も出演するのですが、これはやはり、声が小さい側には行かずに、大きい側になりました(とほほ)。それでも声が小さい人とは交流するし、興味も持っている。しかも邪な気持ちで(汗)。物語を考えるのって、要は主人公に障害物を用意して並べる作業なので、劇作家とかシナリオライターなんてのは性格が悪くないと出来ません(開き直り)。なので、僕が声の大きな役で登場するのは仕方ないのです。えっへん。(なんだかなぁ)。

公演は22日~25日

「小さな声のおともだち」公演は、22日~25日、ORSにて。前売り絶賛発売中なので、良かったらいらして下さい。
■リンク
劇団ビタミン大使「ABC」
小さな声のおともだち
小さな声のおともだち衣装合わせ
小さな声のお友達照明作り


これまた嬉しい勝利となったのがエル・クラシコでした。

マニータが恒例
マニータというのは「片手」「子供の手」という意味があり、「片手広げた指の数=5点取った試合」という意味です。


何度かあるんです。5点とってバルセロナがレアルマドリーを倒したことは。ただ、最近多いので、「恒例の」という言い方をしてみた次第。

エル・クラシコ
伝統の一戦「エル・クラシコ」でマニータ勝利は何を意味するかというと、勝った方は、この上なく嬉しいし、負けた方はこの上なく屈辱です。勿論、普通のサッカーの試合でもそうでしょうが、エル・クラシコは格段に違う。何故か。

エル・クラシコには、歴史的背景がギューギュー詰めだからなんですね。

フランコ独裁
スペインはもともと、カスティージャ王国とカタルーニャ王国とが一緒になってイスラム勢力に対抗しようと合体して出来た連合王国。そもそも、大会社の合併みたいにそうそう人間関係がうまくいきそうにはない。

そんな中、フランコが独裁政権を爆発させて、カラルーニャ(バルセロナ含む)を弾圧した。首都の言葉を公用語にして、排斥し続けた。

FCバルセロナというチームの本拠地「カンプ・ノウ」スタジアムは唯一、堂々とカタルーニャ語を使える聖地。

その弾圧の歴史から、バルセロナとレアル・マドリードの闘いは因縁の対決となっている。

ただ、今でこそ、ほぼ互角となっている対戦成績だけど、かつては、レアル・マドリードが馬鹿勝ちしていた時期が長かった。それもそのはず、国費を使って、ガンガン補強して、レアル・マドリーを猛烈に強いチームに仕立て上げてしまったのだ。

神、クライフ降臨
その、レアル一強の時代にピリオドを打ったのは、オランダからやってきたヨハン・クライフでした。クライフは、レアルの誘いを「独裁者がやってるチームなんぞに入るものか」と拒否して、カタルーニャのチーム「FCバルセロナ」に加入しました。そして、選手としてバルセロナを優勝に導いたのです。

この時ほど、それまでの抑圧されたスペインでの長い期間の反動で歓喜した事はないだろうというぐらい、クライフはバルサの「神」となった。

そしてドリームチーム
そしてクライフは、1980年代後半に、監督としてバルサに舞い戻り、その「ポゼッションサッカー」というスタイルでドリームチームを作り4回優勝。完全にレアル・マドリーと渡り合えるチームに熟成させた。チームも、サッカーも。

対等だけれど、
最近はほぼ互角の戦績だけど、こうやって考えてみると、クライフ登場までの冬の時代を思えば、最近はバルセロナが勝率がいい事が判る。

そして、こういった関係の2チームだからこそ、このチーム間を行き来する移籍は「禁断の移籍」として恨まれる事になる。とりわけ有名なのは、豚の頭がスタジアムに放り込まれた「ルイス・フィーゴの禁断の移籍」。

ペップ・グアルディオラ
クライフのドリームチームで、クライフに認められ、細い体なのに、大抜擢された上で大活躍したのがペップ・グアルディオラ。そして、ペップが

「あの男が僕の地位を奪うだろう」

と言ったのがチャビ・エルナンデス。

その通り、ペップはバルサを退いてチャビたち、新時代の天才フットボーラーたちに道を譲った。

ペップは2008年、監督としてバルセロナに戻り、メッシ、チャビ、イニエスタ、たち天才軍団を擁するチームを率いて、圧倒的な強さを誇った。優勝どころか、スペイン代表としても活躍したチャビたちによって、ユーロ2回優勝、ワールドカップ優勝までもたらした。

だが、ペップはいう。「これはクライフが作ったものを熟成させたに他ならない」

下部組織マシア
バルセロナとレアルマドリーの大きな違いは、下部組織の選手を重用するかどうか。レアルは、ベッカム、ロナウド、フィーゴ、ジダンなどを有した「銀河系」でも判るように世界的な有名選手を集めて金で勝利をもぎ取ることを厭わないが、対してバルセロナは、下部組織からなるたけ選手を使い育てていくという方法が当たり前になっていて、そういう意味でも、ペップのチームは、

メッシ(アルゼンチン人だけど下部組織出身)
チャビ
イニエスタ
ビクトール・バルデス
セルヒオ・ブスケッツ
プジョール
ジェラール・ピケ
セスク・ファブレガス
ジョルディ・アルバ
などなど、数多くの下部組織出身者の選手でチームを構成。そういったメンバーでビクトリーロードを歩む姿がレアルとの大きな違い。

下部組織出身者の数も5対1
レアルマドリーはそれまで大活躍のクリスティアーノ・ロナウドが移籍した初めてのクラシコ。
バルセロナは、イニエスタが移籍していなくなった初めてのクラシコ。そしてメッシが怪我で欠場。
主役不在のようなクラシコだったが、そこでメッシの不在を感じさせず5:1で勝利した事がファンは嬉しい。

そして、その点差と同じく、チーム内での「下部組織出身選手の出場人数」もバルサ5人、レアル1人という5:1だった。


こんなに好きなのに
という事で、大好きなバルサが勝ったので、僕としてはとても嬉しい。しばらくこの歓びを引っ張れる事がありがたい。だけど、「宮川賢のまつぼっくり王国」11月4日放送分では、

「そんな奴にクラシコを語られたくない!」

と思われるに違いない側面も僕は持ち合わせている。聞いて「ふざけんなよー」と思われそうですが、良かったら聞いて下さい。11/4(日)24時30分からTBCラジオです。

そして稽古中
劇団ビタミン大使「ABC」公演「小さな声のおともだち」は11月22日~25日、大塚レ・サマースタジオにて。ビタ店にてチケット発売中。これまたいらしてね!


安田純平さんについて「自己責任」という点で責めたり擁護したり、色々ある。

僕が気になるのは
僕が気になるのは、言うタイミングの一点。そうかもしれないけど、それは今言う事じゃないのではないかなぁとね。

比較するのも変だし個人的な事だし愚痴でもあるけど、僕の家族は仕事頑張り過ぎて寝不足が祟って高熱出した僕に、「寝ないからでしょうに、何やってんのぉ」と小言。ええと、それは、高熱出している人に言う事じゃないと思うのね。とずっと思ってるけど、この家人はそれには気づけない人。これを毎回繰り返す。

それと同じ感じで、今、安田さんがヘタってる時に、そんなんゆーても。という部分。

石原慎太郎の例の発言
ほら、思い出せるのは、「そうかもしれないけど、今言うんじゃねぇよ」って日本中が思ったあの発言ね。3/11の直後に「天罰」という単語を使った。確か、自分たち(人間)は便利になりすぎてその力を過信して慢心したんじゃないかという類いの発言だったのだけれど、単語のどぎつさが何しろドイヒイなので、総スカン。

サンドウィッチマンの伊達さんも「あれであの人(石原さん)をダイッキライになった」と言ってたし。まさにあれも、タイミングが最悪でね。今回の安田さんの自己責任って話も「今」するこたぁないじゃないかと。

自己責任と思わせたい人がいる
個人的には、なんだろ、変なものを感じる。これまた3/11のハナシになるけど、あの時、節電ムードを政府に醸成されて、原発は必要だよねってのを刷り込まれた記憶があるでしょ。あの時、あれだけ隠されたり騙されたりしたのに、今はまた元の木阿弥のようにメディアリテラシーを磨かないとならないね、という雰囲気から遠のいてる残念な雰囲気。さておき、

あの時のあの感覚に近いものがあるのではないかしら?と思えてしまう。つまり、「死んだ」としても政府は悪くないと言わんばかりの予防線を張られていたのではないかしらん。と。つまり今の「自己責任」論そのものが、もはや扇動されてる事のように思えて仕方なく。

自己責任は本人も解ってる
例えば、「気分は形而上」でお馴染み漫画家の須賀原洋行さんはこうだ。


須賀原洋行
@tebasakitoriri
 安田純平氏に関する自己責任論に左翼から批判が出てるけど、そもそも日本政府が危険地域に行かないよう警告しても「チキン国家」「自己責任だ、口出すな」と本人が明言して行き、解放後も「日本政府が何かしてくれたと思われたくない」と言ってるんだから、自己責任論は安田氏の意思と何ら矛盾しない。

1:18 - 2018年10月27日
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ダルビッシュ有も、


ダルビッシュ有(Yu Darvish)
@faridyu
 危険な地域に行って拘束されたのなら自業自得だ!と言っている人たちにはルワンダで起きたことを勉強してみてください。誰も来ないとどうなるかということがよくわかります。
映画だと「ルワンダの涙」が理解しやすいと思います。
ただかなり過激な描写もあるので気をつけてください。

8:08 - 2018年10月26日
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僕はこっち側。だが、反対側も当然いる。
勿論いていいし、それを「そう思うのをよせ!」というのは違う。なぜなら人はみんな違うからね。


Shoko Egawa
@amneris84
 「自己責任論」に基づくバッシングには与しない。ただし、日本政府が何もしていないというのは違う。なにより、〈「身代金」を巡る根拠が不確かで無責任な議論は看過できない〉と。同意 →安田純平氏誘拐事件をめぐるいくつかのバッシング(髙岡豊) - Y!ニュース https://news.yahoo.co.jp/byline/takaokayutaka/20181027-00102037/ …

16:01 - 2018年10月27日

安田純平氏誘拐事件をめぐるいくつかのバッシング(髙岡豊) - Yahoo!ニュース
安田純平氏がシリアで3年以上拘束された末に解放された、という事件。ご本人の無事という想定しうる中で最良の結末にもかかわらず、バッシングの嵐が吹き荒れて後味の悪い展開になりつつある。

news.yahoo.co.jp
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自己責任ってのは、本人が一番わかっているので、自己責任だと口角泡を飛ばす事そのものが無意味だよね。では、どうしてこうもみんなが目の敵にするのかしら?と思って考えてみた。

英雄視が許せない?
ヒーロー扱いのようになってることが許せないのかな?
目立って時の人になってることが許せないのかな?

自分がヒーロー扱いされたいのかな?
自分が目立ちたいのかな?

世の中が「良かった良かった」と言っているのがなんか気持ち悪いのかな?

……いや、それぞれ理解出来る感覚ではあるけれどね。

僕は勿論、助かって良かった!と思っているよ
ただ、勿論、それ以外の事も思っているよ。例えば、カタールに恩義を感じるべき国になったとしたら、これは一つのきっかけだね、とか。
サウジのカショギ氏殺害で世界的に企業がサウジから撤退し始めているから、それが「カタールに来たらいいなぁ」というのがカタールにお金を出させた打算じゃないだろうか、とか。
色々な事があるよね。

で、そういった事を色々考え始めると、いい部分も悪い部分もそれはそれは沢山あるでしょうよ。ダルビッシュ有さんのように「ちゃんと伝える人がいてくれなきゃダメだよ」という一点でも十分説得力あるハナシだけど、それ以外の事が沢山沢山絡んでいるでしょうよ。それでも僕は単純に助かったので良かったと思うよ。まずはそれ以上でもそれ以下でもないもの。

比較してしまえば残念な事になっちゃう
「自分の命は一番大事」というのを物差しで考えれば、馳さんのように「三回も行ってんだから、馬鹿ですよ」という言い方も理解出来るかもしれないけど、自分の命よりも大事な事があるワケでしょう。これを「伝えよう」と努力しないまま生き長らえているのならば、死んだ方がましだ。という考えと価値観。

そもそも、自分の価値観(自分の命が一番大事で人はそう思っている筈)を皆が持っていると思う事自体がおかしなハナシでね。

例えば、大抵の男性は、女性の乳癌に対して「とれば治るのならばとればいいじゃないか」と思いがち。しかし、それが女性としての尊厳を大きく損ねる事であるならば、取らずに女性としての尊厳を保ったまま人生を終えた方が幸福なのだ、という考え方を理解するべきだ。

どうして福島に戻りたいと思うのか、理解出来ないという人がいるけど、そう思っているのだから仕方ない。家とはそういうもの。
津波被害にあった人にリスクを理解した上で住んでたんだから自己責任なんて言えないでしょう。

大抵の事は自己責任なんだから、あえて言うようなこっちゃないし、まして人から言われるのは違うと思うなぁ。
だからといって、英雄視するのは違うと思うし、兵士のように「お帰りなさい」と感謝するのもこれまた違う。

レース事故で死んだF1レーサーに自己責任って言わないよね。
安田さんがTwitterで呟いていた内容を見ると、肩を持つ必要がねーな、と思う人がいるのも多少は解る。

ただ、僕は、人が危険な目に遭って、40ヶ月経って生還したのだから、それだけで「ああよかったね」と思う人でありたい。勿論、「ああよかったね」の裏には思う事は沢山あるし、解った上だよ。

バレーボールの大友愛さんが結婚妊娠した時に、「えっ!?今かよっ?!オリンピック行きたかったんじゃねーのかよっ?!」と結構な人が思ったと思うんだけど、それでも当然だけど「おめでとう!」って言うでしょ。そんなんと同じ感覚。

家人への愚痴にも通じるけど、組織の部下が「風邪引いたので休みます」と連絡があったら、「馬鹿野郎、今日のプレゼン誰がやるんだよっ!」と叱る事なく、「お大事に。あとはなんとかするから安心して休みなさい」と言える上司でありたい。だって、弱ってるんだもの。

思い出した
とここまで書いて、思い出した。

僕がこう思うようになったきっかけが一つあった。若い頃、ラジオやってた番組のディレクターで知野さんって人がいて、頑固で短気な人なんだけど、僕が大遅刻の連絡した時に「すいません、知野さん、俺、渋滞で遅れちゃいます。けっこう遅くなりそうです。ホントすいません」と伝えた僕に「全然、大丈夫です。問題ないので、是非お気を付けていらして下さい!」と叱ることなく、気遣って貰えたってことがあった。怒鳴られて仕方ないような局面であんなに短気な人がここまで言えるって、すげー!と。尊敬した覚えが。格好いいなぁと思った遠い記憶。

死ぬかもしれなかった人が、助かった時に
人によっては、
「ああ良かった」と思えたり、
「別に助からなくて良かったのに」と思ったりするなんていう、「違い」はないままでいたいぜ。おいらはね。

で、これをここへ書く理由
それでね。これをここに書くとさ、なんか議論したいみたいに思えるかもしれないけど、そんなことはないからね。何故なら、この事で人を論破しようと思わないし、論破したいとも思わない。人は個性的でいいし、個性的であるべきだからね。個人的には、ネガティブな反応をしない人が好きであり、自分はそうありたいと思うだけで。そして、考えるべき立場の人が考えればいいように思うし、意見を統一する必要もなくてね。

ネットでブログを書くとバズりたくてやってると(統一価値観)で括られるかもしれないけど、年寄りのブログは基本は「何かを解って欲しくて書いている」のではなく「自分の気持ちを書きながら整理する為に書いている」に他ならないので、意見交換をしたいワケではないですよ。同調も反駁もノー・サンキューですよ。

なにが理由であれ、人が助かったら嬉しいし、人が痛い目に遭ったら悲しい。
このタイミングでよくそんなハナシが出来るなぁと、呆れるけど、それもその人の個性だから、間違ってる!とも思わない。

関係ないけど、自己責任といえば、株とかの投資と、自作PCを作る時に散々見た四字熟語。強調すべきは「こっちのせいにするなよ」って事をしっかり伝えたい時に言われるイメージ。投資会社やパーツメーカー。

劇団ビタミン大使「ABC」公演
小さな声のおともだち
作演出=宮川 賢

期間=2018年11月22日(木)~25日(日)
開演=22日(木)19時/23日(金)13時と19時/24日(土)13時/25日(日)13時
会場=大塚レ・サマースタジオ(豊島区北大塚3-25-16伊納ビルB1)tel.03-3916-2430
問合せ=ORS(info@o-rs.net)

出演=森下和、平井夏貴、山梨谷梨、彩咲かんな、宮川賢

 頼子(彩咲かんな)は、若くしてお妾さんになろうと決意しました。妾なら大きな愛情を注がれないからです。強く愛し合う関係の交際は出来ないと痛感する出来事があってから、そう思うようになりました。
 それは、元太(森下和)と相思相愛になった初恋での事。頼子と元太は出会ってすぐに恋に落ちました。それぞれ二十歳をすぎているのにお互い一目惚れで、どちらも初恋でした。
 元太は思いを伝える為に「僕とお付き合いして下さい!」と、頼子に告白をしました。その瞬間、頼子の恋は終わりました。頼子は小声で喋る人とでないと親しくなれない女の子なのです。それまで優柔不断で声が小さいという(頼子からしてみたらとても魅力的な)男性が、男らしく声を張り上げて告白した事で、生理的に受け付けられない相手となりました。
 頼子は勘づきました。大恋愛は出来ない、妾なら深い愛を注がれる事なく、日陰で大人しく過ごせると。
 両思いなのに失恋という事態を理解できず、気持ちの整理がつかない元太は、頼子を追いかけ続けます。告白した日から連絡が途絶えていた頼子の居場所を突き止め、元太はそこへ行ってみる事にしました。そこは、小さい声でしか生活できない人たちが集団生活を送る施設でした。
 小さな声でしか話せないとはどういうことなのか? 大きい声の人と仲良く出来ないのはどうしてなのか? 愛する人の謎に迫る為、その施設に小声ではない人が初めて入り込む事になりました。

劇団ビタミン大使「ABC」公演は11月に予定しています。いよいよ10月15日にお知らせ開始となります。今しばらくお待ちください。

一頁に400円

たった一頁に400円ぐらいの価値を見出してもいいじゃないか。
と思う事もありますよね。

本日、ラジオ日本「宮川賢MT」のロケに東武動物公園に出向いた宮川賢です。興味深いのは、ウンコよりツバの方が臭いということです。詳しくは放送をお聴き下さい。毎週金曜日25時30分からやってます。

管見妄語

藤原正彦の管見妄語は週刊新潮の人気連載コラムで、猛烈に好きであります。濃い1頁。この420円の雑誌のうち、400円がこの一頁に値すると思っている。というか、それぐらい好きであり、それぐらい他の客寄せ記事に魅力を感じない。正確には、新潮の客寄せ記事云々よりも、芸能ワイドショーネタに興味がない自分の性格が問題。きっとテレビ大好き有名人大好きな人には面白いのでしょう。だからその記事があるわけでしょうし。

一流大学出身?

「カウボーイの蛮勇」というタイトルの今週号も出色で。

要約すると、「ちゃんとした人」と思われている人は実は大した事をしてなくて、「ダメな奴」と思われている人が大きな功績を残しているという皮肉は現実にあるよねって話を国の長を例に展開している。それはそういう論理検証をしているのではないので説教がましくなく。

サッチャー

サッチャー首相は鉄の女として財政赤字を克服したが、その小さな政府や規制緩和を大々的に進めた事により、労働者階級での評判は最悪だし、死後には死を祝う集会が開かれた。

ルーズベルト

日露戦争を終わらせノーベル平和賞を受賞したが対日戦争計画「オレンジ計画」を裏で策定、排日移民法の端緒を作った差別主義者だった。

ウィルソン

ウィルソン大統領は、パリ講和会議をまとめて、国際連盟を発足させノーベル平和賞を受賞。だが国連憲章に「人種差別禁止を盛り込む」という日本が提出した歴史的提案を採決の末十一対五の大差で通ったのに、「重要な案件は満場一致じゃないとダメ」と一方的に否決してしまった。これは排日移民法とともに大東亜戦争の遠因になったと「昭和天皇独白録」に記されているらしい。

同様に、カーターもオバマもノーベル平和賞を貰ったけど、どちらも色々問題だらけ。カーターはアフガン侵攻を引き起こし、オバマは中国の無謀な軍備強化などをザルのように見過ごしやらせ放題。

このように、「一流大学出身のノーベル賞を受賞したアメリカ大統領」は、期待も高くそれなりに色々やったようにみえて、実は大した事はなく、それどころか問題は先送りになっていることやくすぶっていた事を大きな傷にしてしまったケースが多く、逆に「売れない俳優出身のレーガン大統領」はお馬鹿さんに見えてその実、色々やっているとな。

カウボーイ?

レーガン大統領は、ソ連を「悪の帝国」として、国防費を大幅に増額してスターウォーズ計画を推進。中南米では、親米政府以外をあらゆる汚い手で潰しにかかる内政干渉しまくり。

「この人、馬鹿だっ?!」

と地球上の誰もが思っただろうレーガン大統領だけれど、数年経つと、米国の軍拡に追いつこうと頑張ったソ連が財政破綻し、ついには共産党政府が潰れ、東欧が解放され、冷戦が終結した!!

結果的には、世界史に残る快挙となった。

で。トランプさん

そこで現在のトランプ大統領だが、レーガンに輪を掛けた無教養と蛮勇に加え、下品と傲慢を絵に描いたような人間だ、と藤原さん。戦後自由貿易を否定するかのような「関税戦争」を仕掛ける破天荒。だが、この貿易戦争を仕掛けられている中国が、強引なトランプのやり方に屈し、経済が潰され、共産党独裁政府を倒し、民主化を実現!なんて事になったらっ?! それはそれは、世界史に輝く人物になることは間違いない。

正に、偉大な変革は知識人ではなく、カウボーイにしか出来ないのかもしれない。

サラリーマン的

ここで僕はまた「鴻幹、下戻で温泉ウハウハ」パンフレットに書いた事に立ち戻る。そう、隈研吾と養老孟司の「サラリーマン的」では建築は出来ないという話。リスクを恐れず、単一化を嫌い、多数決で決めないで物事を進めなければ、糞つまらない世の中になるぜって話に、激しく同意。それを思い出した。

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で、藤原節に戻すと、こういうこと。大きな事は、馬鹿な人じゃないと出来ないんじゃなかろうか? てな話。結果論と切り捨ててしまえばそれまでだけど。

僕の感想

ニュースで「敵」を作り、叩きにかかるのはシンプルな構造で伝えやすい。複雑な事は興味の対象から外れやすい。だから松本サリン事件みたいなことになっちゃうのだろうか。
文句だけ言ってるコラムや社説が多い中、藤原正彦さんのこういう所は、大好きです。まぁ叩くだけだろうが社説さえない新聞社も地方にはあるので叩くだけマシのようだけどね。

僕が藤原先生のどういう所が好きかってのは、これまた別の機会に。

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レトロゲーム。行ってきた。
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