草刈正雄さんといえば、僕らの世代にとってはヒーローだ。キムタクが登場するまで、二枚目といえば間違いなく草刈さんだった(その前はアラン・ドロン)。ジーパンの前ポケットに手を入れ、やや猫背気味、なぜか歯を食いしばって「んー、草刈正雄です」と言うモノマネは、「こんばんは森進一です」と並ぶ定番だった。

 そんな大スターの台詞が書ける幸せを、僕はこれまで四回味わっている。「古畑任三郎」と大河ドラマ「真田丸」、NHK正月時代劇「風雲児たち~蘭学革命篇~」と今回だ(舞台「君となら」は再演で、草刈さんに当てて書いたものではないので除く)。脚本家冥利に尽きる。

 現場の草刈さんはいつも穏やかで、にこにこ微笑んでいらっしゃる。だが一度役に入ると豹変。今回も政界の巨悪鶴丸官房長官に身も心もなりきっていた。総理執務室に怒りながら飛び込んで来るシーン。「んぬああああああ」と言葉にならない雄叫びを挙げて廊下を足早にやって来る草刈さん。そのまま執務室のドアを開け、「んんんぐああああ」となんとノブを引き千切り、室内に乱入。手にしたノブを思い切り床に投げ捨てた。とてつもない迫力だったが、さすがに力任せにドアを壊すのはどうだろうということで、撮り直しに。「すみません、やりすぎましたね」と草刈さんはいたく恐縮。セットを破壊したことをスタッフに謝ってまわるその姿は、大先輩に失礼を承知で言わせてもらえば、とても愛くるしかった。NGにはなったけど、草刈さん。あのシーン、最高でした。

 ここだけの話、実は「記憶にございません!」には、もうひとつのエンディングがある。官邸のバルコニーに佇む鰐淵(ROLLY)が、そこで小さな石を見つける。それは南条(寺島進)が総理(中井貴一)に向かって投げた石。それを拾った鰐淵はバルコニーから下に向かって放り投げる。たまたまそこを歩いていたのが鶴丸。彼の頭に石が直撃し、転倒。秘書の八代(ジャルジャル後藤)が抱え起こすと、鶴丸はなんと記憶喪失になっていた。鶴丸の物語の締め方として、これ以上のものはないと思って撮影したが、実際に編集で繋いでみると、映画全体のリズムが悪くなってしまい、泣く泣くカット。このシーンの草刈さんも最高でした。いつの日か「特典映像」で日の目を見ますように。