僕は、舞台を作り、映画を撮り、テレビドラマの脚本を書く。どれが自分の本業なのか、未だによく分かっていない。鳥と獣の間を行ったり来たりして、結局、自分の居場所が分からないイソップ童話のコウモリみたいなものだ。朝日新聞に連載中のエッセイ「ありふれた生活」は近い将来一千回を迎えるが、その第一回目にも同じようなことを書いていた。

 映画のイメージソング「まったく記憶にございません」を紹介したネット記事に、僕が作詞をしたのは「ステキな金縛り」(11年)の主題歌以来だとあった。実際は、去年「日本の歴史」というオリジナルミュージカルを作っている。映画の宣伝の場合は、舞台の仕事はカウントされないみたいで、ちょっと淋しかった。(と思ったら四年前の「ギャラクシー街道」でも作詞をしていました。西川貴教さんの絶唱を忘れてはいけません)。

 テレビドラマの脚本家としてしか僕を知らない人にしてみれば、三谷幸喜という作家は、民放では「合い言葉は勇気」(00年)以来、連ドラを書いていない、無茶苦茶作品数の少ないヤツということになる。僕を映画監督としてだけ認識している人には、たまにしか作品を発表しない、成長の遅い監督と思われていることだろう。稀だと思うが、僕をテレビタレントだと思っている人には、最近またテレビに出始めた、どこが面白いのかよく分からない眼鏡のおっさん、のイメージだろうし、テレビも映画も舞台も観ない、うちのご近所さんにとっては、いつもぼーっとしながらイヌを散歩させている怪しい男でしかない。

 僕の仕事のすべてを把握している人はそうはいないだろうし、観客や視聴者は、その作家のすべてを知る必要もないと思う。

 でも、受け手がどう思おうが、僕は一人しかいない。だから僕の前作は「ギャラクシー街道」ではなく、六月にやった新作歌舞伎「月光露針路日本~風雲児たち」である。

 たぶんきっとこの先も、こんな状態が続くのだろうな。それが幸せなことだということは、もちろん分かっている。

そしてここだけの話、今、映画のキャンペーンをやりつつ、新作舞台の劇場に通い、久々の連続ドラマのシナリオの構想を練りながら、来年の舞台のホンを書いています。楽しい日々。