子供の頃、テレビで映画「大脱走」を観て、(こんなに面白いものが世の中にあったのか)と愕然とした。1963年公開のアメリカ映画(監督はジョン・スタージェス)。当時はビデオもDVDもブルーレイもなく、次に「大脱走」を観るためには、再びテレビでオンエアされるか、映画館のリバイバル上映を待つしかなかった。

 ある時、たぶん土曜の昼過ぎだったと思うが、部屋で本を読んでいると、突然どこからかあの映画のテーマ曲が流れて来た。慌ててリビングに駆けつけ、テレビをつけるがどこの局もやっていない。どうやらそれは、隣の材木置き場で働く大工さんのラジオから流れて来ているようだった。その日初めて、僕は世の中にサントラというものがあることを知った。

 サウンドトラックのレコードは、当時の僕にとって、映画の記憶を補強する唯一のアイテムだった。繰り返し聴いた「大脱走」のサントラ。ほとんどのBGMは今でも覚えている。完璧に口で再現することも可能だ。頼まれればいつでも披露します。

 そんなわけで、自分の映画の音楽にも当然、力が入る。「ザ・マジックアワー」から音楽を担当してくれている荻野清子さん。舞台でも何度も組んでいるので、僕の好みを完璧に分かってくれている。だから彼女との仕事は楽しい。綿密に音楽設計を打ち合わせし、デモを作ってもらい、それを映像に当てながら、試行錯誤を繰り返す。音楽録音は、映画を作るすべてのプロセスの中で、三本の指に入る「わくわくする」瞬間だ。

 これまで、僕の映画はいつも音に溢れていた。でも今回は、荻野さんと話し合って、ちょっと趣向を変えてみることにした。曲数を減らし、その分、ひとつのモチーフにとことんこだわる。これでもかというほど、もちろんアレンジは変えながら、同じフレーズを繰り返していく。それによって逆に音楽を印象づけようという演出だ。実際にそれによってどんな効果が生まれたかは、映画を観てのお楽しみ。

 ここだけの話、秘書官役の小池栄子さんが、ある「もの」を朗読する時に流れる、素朴で印象的な鍵盤ハーモニカは、僕が演奏しています。