月別アーカイブ / 2019年09月

 十三年前、「記憶を失った総理大臣」という十文字で作られたフレーズを思いつく。二年前の夏、プロデューサーにプロットを語って聞かせ、制作のGOサインが出る。最初から主演は中井貴一と決めていた。彼がダメならばやらないとまで宣言。中井さんからOKの返事を貰ってから、頭を絞って台本を書く日々が始まる。平行してスタッフ集め、そしてキャスティング。脱稿が遅れ、ホンのないところでスタッフミーティング。その時の僕の話を元にロケハン開始。ようやくホンが完成。セットプランも固まり、東宝スタジオに首相官邸、湾岸スタジオに首相公邸の巨大セットが組まれる。決まったキャストから衣装合わせ。ディーン・フジオカさんに呼び出されて役について質問を受ける。クランクインが去年の夏。猛暑の中のロケが懐かしい。約二ヶ月の幸せな撮影期間を経て、編集、音楽録音、CG合成、そしてダビング。映画が完成したのは今年の春のことだった。

 そして、大勢の人々の知恵と努力で作られた映画「記憶にございません!」は、最終段階で宣伝部に託される。この映画がどれだけの人に観て貰えるかは、この人たちの手腕に掛かっている。面白ければ、作品に力があれば、必ず人は観てくれる、なんて幻想だ。「あの映画、いつの間に公開されたんだ」と思う作品のどれだけ多いことか。宣伝しない限り、一般のお客さんは、公開日も、下手をしたらその映画が存在していること自体も知らないのである。

 そしてすべてのスタッフからバトンを渡された宣伝部の皆さんは、映画の認知度アップのために全身全霊を傾ける。

 新しいタイプの予告編、イラスト仕立てのティザーポスター、力の入ったツイッター、読みどころ満載のHP、斬新な新聞広告。膨大なインタビュー記事、国会審議を模したトーク番組。政見放送ならぬ宣伝放送もある。俳優の皆さんによるテレビ出演。豪華な完成披露試写会。中井貴一さんの所信表明演説。新宿で行われた「最後のお願い」等々。ネットの普及で映画の宣伝方法も多様化した。それをどううまく活用するかがポイントだ。そして地方ごとの独自の宣伝展開。映画館に足を運ぶ人達に、いかにこの作品をアピールするかも、皆さん知恵を絞ってくれた。

 僕もアイデアを出したが、宣伝部の頑張りには頭が下がる。街頭演説で、まるで新人候補の応援に駆けつけた幹事長のように絶叫する僕の姿を、また出たがりの目立ちたがり屋が馬鹿なことをやっていると、冷ややかな目で見ていた方もいらっしゃっただろう。しかし、全力を尽くしてイベントを成功させようと頑張るスタッフを見ていれば、自分に出来ることはなんでもやりたいと、そりゃ思うでしょう。しかもこれは僕が監督した映画なのである。僕がやらずに誰がやるというのか。

 「記憶にございません!」はまもなく公開です。さて、どれだけの皆さんが映画館に足を運んで下さるのだろうか。

 この短期集中連載エッセイは本日でおしまい。ご愛読、ありがとうございました。ここだけの話、大勢の方が映画を観て下さったら、嬉しくなってまた復活するかもしれません。


 今回のキャストで、僕にとってもっともスペシャルだったのが、柳先生役の山口崇さん。僕らの世代で山口さんといえば、NHK「天下御免」における、天才平賀源内。「クイズタイムショック」の司会もされていたので、知的でクールで都会的な俳優といえば、山口さんだった。

 僕にとって憧れの存在。二十五年前に「古畑任三郎」にも出て頂いた。その時は超常現象を否定する科学者の役。そして今回が小学校の元教師だ。山口さんは僕にとって永遠の頭脳労働者だ。一九三六年生まれの八二歳。長年映画には出てらっしゃらないと聞いていたので、失礼な話だが、ひょっとしてヨボヨボだったらどうしようと思っていたが、颯爽とご自分で車を運転して撮影所に現れたお姿に、胸をなで下ろすどころか、感動に震えた。お歳は召されたが、知的でクールで都会的な山口さんは健在。録音部さんがびっくりするくらいの通る声で、柳先生を完璧に演じて下さっている。

 スペシャルといえば、もう一人忘れてならないのが、天海祐希さん。物語の冒頭、記憶を失った総理がたまたま入った定食屋。テレビでは、キャスターの近藤ボニータ(有働由美子)が総理のニュースを伝えている。その後、画面手前で総理(中井貴一)が店主(阿南健治)と会話。その時、テレビで流れているのがドラマスペシャル「おんな西郷」の番宣で、そこに映っているのが西郷隆盛に扮装した天海さんなのだ。「おいに任せてくいやい」と台詞まである。

 実は、この定食屋のシーンを撮った時(クランプアップの直前だった)、予定より長めにテレビが映り込むことが分かった。となるとそこに映る映像が必要になる。画面は後ではめこむので、これから撮ればいいのだが、有働キャスターの撮影は既に終わっている。さあ、どうする。そういえば、天海さん、なんでも力になるって言ってくれてたな。ここは彼女の好意に甘えよう。天海さんといえば「女信長」の主演女優。「女信長」があるなら「おんな西郷」もあってもおかしくない。よし、天海さんで「おんな西郷」の宣伝番組を作ってしまおう。そんな流れで誕生したミニ番組。ナレーションは山寺宏一さん、薩摩弁監修は大河ドラマでも方言指導をしていた迫田孝也さんと、豪華版。なのに映画を観ている、おそらくほとんどの人が気付かない。それでいいんです。大事なのは店主と総理の会話の方だから。それを承知で力を貸してくれた天海さんの男気に感謝。

 ちなみにここだけの話、ドラマスペシャル「おんな西郷」本編は八時五十五分から放送の五分番組という設定です。みじか!

 クランクイン前の衣装合わせ。ここで役のキャラクターが決まることもある、大事な場だ。

 宮澤エマさんとは今回が初顔合わせ(撮影後に舞台「日本の歴史」に出て貰いました)。衣装合わせの時がほぼ初対面だった。芝居の巧さは分かっていたので不安はない。衣装を決め、メイクを施し、少しずつ通訳ジェット・和田のイメージに近づけていく。といっても台本上ではこのジェット・和田、大統領の隣にいつもいるけど、かなり謎の人物で、読んだだけでは男か女かも分からない。あの強烈な個性は、その場で宮澤さんと相談して決めていった。撫でつけた髪、昔の小学生のような眼鏡、野暮ったい服装、なぜかいつもバッグを肩から斜めに提げている。細かいアイテムが決まっていくに連れ、どんどん宮澤エマさんがジェット・和田に変貌していった。独特のしゃべり方は、彼女自身のアイデア。知り合いの通訳さんにリサーチして、自分なりに研究したようだ。濃い登場人物が多い中で、かなり強烈なキャラに仕上がったジェット。すべては宮澤さんのおかげだ。

 ここだけの話、あまりにジェットが面白いので、彼女にはその後、番宣番組に登場して頂いた。いつどこに現れるかは、お楽しみ。

 「夜のニュースキャスター」役の有働由美子さん。彼女も衣装合わせでキャラクターが出来上がったパターン。有働さんは、実際に夜のニュースキャスターをやられているので、ご本人のイメージとは真逆のキャラクターにしようと、かなり妖艶なメイクと衣装にして貰った。元々薄い顔のお方なので、メイクによってどんどん印象が変わり、最終的に誰だか分からなくなってしまった。普段はとてもサバサバした有働さんだが、艶っぽい姿もはまっている。かなりのはまり具合に、むしろ本来の姿はこっち側なんじゃないかという疑念も生まれた。ちなみにラストのウィンクはご本人のアドリブ。

 ここだけの話、このニュースキャスター、作品のどこにも名前は出て来ないが、一応、キャラ設定は決めてあり、有働さんにはお伝えした。近藤ボニータ。和光市出身である。

 

 

 

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