月別アーカイブ / 2019年08月

 初めて映画を撮る時、助監督さんに「カメラを回す時の合図は、『用意、スタート』にしますか『用意、アクション』にしますか」と聞かれた。多いのは「スタート」のようだが、なんとなく運動会みたいで照れ臭く、「アクション」を選んだ。以来、ずっと「用意、アクション」と言い続けている。他の監督さんの現場をほとんど知らないのではっきりしたことは言えないが、「アクション」派の監督さんは、あまり多くはないみたいだ。

 さすがに最近は慣れたけど、大声で「アクション」と言うのはやはり抵抗がある。今まで一番恥ずかしかったのは、壁時計の寄りのカットの撮影。モノに向かっての「アクション!」がそもそも恥ずかしいのに、そいつは僕が「アクション」と言う前から動いているのである。辛かった。本当は時計にではなく、カメラさんやその他のスタッフに向かって言っているのだから、照れる必要はないのだけれど。

 カメラを止める時は「カット!」と言う。これはだいたい皆さん、そうみたい。撮影後、今撮った映像をその場でプレイバック、モニターでチェックするが、再生映像を観ながら、「カット!」と叫んでしまったことが二度ある。撮影している時も同じモニターを観ているので、再生している間に気持ちが入ってしまい、今撮っていると錯覚してしまうのだ。二回とも周囲のスタッフはノーリアクションだったが、絶対に聞こえているはず。僕に気を使ってくれたのだろうが、余計恥ずかしいので、ああいう場合はむしろ突っ込んで欲しい。

 ここだけの話、笑いすぎ、または感動して「カット」が掛けられなかったことも何度かある。監督が現場で爆笑したり号泣している姿ほど哀しいものはないと思っているので、なるべくこれは避けたいのだが、実はちょくちょくある。

 「記憶にございません!」のラストシーン、ラストカット。中井貴一さんの表情のアップを撮った時、僕は一瞬、カットを掛ける声に詰まった。その時、僕が笑いをこらえていたのか、むせび泣いていたのかは、ご想像にお任せします。

 


 これまで日本映画にアメリカ大統領(正確にはアメリカ大統領役)が登場したことって、何回あるのだろうか。僕の記憶では、我らが草刈正雄主演「復活の日」のリチャードソン大統領(演じたのはグレン・フォード)くらい。他にもあるかもしれないけど、今回の「記憶にございません!」みたいに日本人の俳優が大統領を演じたケースは、かなりレアなのではないか。

 アメリカ大統領スーザン・セントジェームス・ナリカワを演じるのは木村佳乃さん。ここだけの話、初稿の段階でこの役は男性だった。僕がイメージしていたのはテレビドラマ「ベター・コール・ソウル」の主演俳優ボブ・オデンカーク。いかがわしい弁護士をとてもチャーミングに演じていて、大ファンになってしまった。その胡散臭いキャラそのままに大統領をやってくれたら面白いなと、実際にエージェントと交渉も進めていたが、彼は以前にも大統領役をやったことがあり(!)、キャラが被るということで結局実現しなかった。

 発想を変え、日本人で大統領を演じられる人を探す。真っ先に思い浮かんだのが木村佳乃さん。オデンカークと佳乃さんとではかなり印象に開きがあるが、彼女がやってくれるなら、いくらでもホンは書き直す。佳乃さんとは以前、舞台でご一緒したことがあり(大河ドラマ「真田丸」にも出て頂きました)、その思い切った演技が印象に残っていた。しかもロンドン生まれで英語も堪能。本人は中学生レベルと謙遜するけど、なんのなんの。彼女ならきっとうまく演じてくれるに違いない。いや、日本人で米大統領を演じられるのは、もはや彼女しかいない!

 下手したら出て来た瞬間にコントになりかねない危険な賭けではあったけど、佳乃さんは見事にこの「初の女性、初の日系」米大統領を演じてくれた。台詞はほとんど英語。イメージはサッチャー+ヒラリー・クリントン。メイクは一九五〇年代のハリウッドスター風。堂々たる風格で、木村佳乃さんはドラマを盛り上げてくれます。後半の英語のスピーチは圧巻。

 

 

 公開に向けて、宣伝活動が活発だ。映画は沢山の人の努力と才能で作られている。どうせなら沢山の人に観て欲しい。だから出来るだけ多くの媒体で、こんな面白い映画があるんですよ、と伝えていくのである。特にメインキャストの皆さんは、連日、数え切れないほどの雑誌や情報番組のインタビューに答えている。ありがたいことです。

 インタビュアーは、必ずと言っていいほど、撮影中の裏話を聞いてくる。共演者のエピソードとか、印象に残ったシーンとか、監督に言われて心に残った一言とか。しかし映画を撮っていたのはほぼ一年前。役者さんは大変だと思う。よく話が出来るものだと、ひたすら感心。僕ですら細かいことは覚えていないというのに。中でも中井貴一さんは完璧に一年前のことを記憶している。いつでも相手の質問に沿ったベストの答えを返す中井貴一。まさに職人芸である。

 そしてここだけの話、石田ゆり子さんはほとんど忘れている。取材を受けても、「それが覚えてないんです」で押し通す。さすがに映画のストーリーくらいは覚えているみたいだが、ディテールは壊滅状態。誰と共演していたかも、そろそろ忘れ始めている。軽い記憶喪失である。

「だって一年前なんだもの」と石田さん。その後に別の映画にも出演したし、覚えられるはずがない、と。それもそうだ。

 そんな彼女も、取材が続いて何度も映画のことを話しているうちに、少しずつ記憶が蘇ってきた。石田さんのクランクインがフラメンコを踊るシーンだったことも、思い出してくれた。あと少しだ。

 記憶はおぼろげでも、取材の時の石田さんはとても楽しげである。共演者の話に笑い、中井さんのコメントに感心し、映画のタイトルをカメラに向かって皆で叫ぶ時も、誰よりも嬉しそうだ。石田ゆり子さんはそういう人なのである。そして彼女の笑顔は、周りの人を幸せにする。

 だから、自分の役名を忘れてしまったとしても、まったく気にする必要はないですからね、ゆり子さん。

 

 

 

↑このページのトップへ