今回は政界が舞台なので、中井貴一さん扮する黒田総理を筆頭に大勢の閣僚が登場する。キャスティングは主に見た目で選ばせて頂いた。ベテラン政治家特有の顎の張った感じ、頑丈そうな頬骨。地にどっしり根が生えたような体型。

 牛尾外務大臣を演じたのは、ずんの飯尾和樹さん。以前、バラエティ番組内のコントで共演させて貰い、その柔軟な演技に唸らされた。舞台「江戸は燃えているか」では幕末の剣豪山岡鉄太郎役。まったく強そうに見えない鉄太郎だったが、顔面の大きさはむしろ映像より舞台向き。圧倒的な存在感を見せつけてくれた。今回はかつての大平正芳総理にどことなく風貌が似ているので、出演を依頼した。

 ゴルフでバンカーにはまるシーンがあるが、ここだけの話、実は飯尾さんのゴルフの腕前はプロ並み。出演者の中では佐藤浩市さんといい勝負ではないか。

 ところで牛尾大臣の巨大な耳。閣僚会議のシーンで最初に出て来てから、だいぶ経って再登場するので、観客が存在を忘れないように、特殊メイクの江川悦子さんに作って頂いた特製福耳。改めて観るとちょっとでかすぎたかも。リアルとファンタジーの間を揺れ動く今回の作品で、もっともファンタジー寄りなのが、この外務大臣の耳である。

 桜塚厚生労働大臣役の市川男女蔵(おめぞう)さん。坂東巳之助さんの披露宴で、たまたま席が隣り合わせになり、不動明王を思わせるその風貌に魅了され、いつかこの人を(正確にはいつかこの顔を)映画に引っ張り出したいと思った。

 初映画ということで現場では緊張されていたようだが、さすが歌舞伎役者、声の大きさは半端なく、十メートル先の花瓶が揺れるほど。見た目も豪快、中身も豪快。豪快エピソードには事欠かないお人だが、その武勇談はとてもここに書ける類いのものではないのが惜しい。

 飯尾さんも男女蔵さんも見た目はごっついが、当たりが柔らかく、話も面白いので、スタッフ(特に女性)に人気が高いという共通点を持つ。飯尾さんのことが嫌いな人間はこの地球にはいないのではないか。男女蔵さんの歌舞伎界での愛称オメッティが、スタッフの間に浸透するのにそう時間は掛からなかった。

「まったく記憶にございません」は、映画「記憶にございません!」の挿入歌ではありません。映画の中では一度も流れません。言ってみればイメージソングでございます。

 サントラのCDを出すに当たって、何か特典のようなものを作りたいとプロデューサーに言われた。そこで僕が提案し、中井さんに一曲歌って貰うことに。

 中井さんの歌が上手いのは、分かっていた。僕の作演出による「日本の歴史」というミュージカルにも出演している。彼にとって初めての経験だったが、舞台狭しと歌い踊るその姿は、新しいミュージカルスターの誕生を感じさせた。

 そんな中井さんに今回僕は、植木等さんのような曲を歌って欲しいと思った。目指すのは、「スーダラ節」「ホンダラ行進曲」といったハナ肇とクレージーキャッツの楽曲。ボーカル植木さんの伸びやかな歌唱が耳に残る昭和の名曲だ。僕は青島幸男さんになりきって詞を書き、音楽の荻野清子さんは名作曲家荻原哲晶さんにオマージュを捧げた。

 僕と中井さんは同い年で、「ハナ肇とクレージーキャッツ」にはまった最後の世代。お互いにとって、植木等さんはレジェンド的な存在だ。中井さんは、令和の植木等を目指して熱唱。こうして出来上がったのが「まったく記憶にございません」だ。

 サラリーマンの悲哀を歌った内容だが、中井さんのあっけらかんとした歌声が耳に心地よい。令和も平成もまったく感じさせない、昭和テイスト満載の一曲。実は僕もかけ声で参加しています。ここだけの話、僕は植木さんの盟友、谷啓さんの抜けた感じを意識してみました。忘年会、年末の季節。宴会ソングとしてもお勧めなので、ぜひ皆さんも歌ってみて下さい。

 出来ればこの曲で、中井さんに紅白歌合戦に出て欲しい。植木さんのように真っ白なスーツで浪々と歌って欲しい。その時僕も、谷啓さんのポジションで、ついでに佐藤浩市さんも呼んでハナ肇さんになりきってもらい、応援に駆けつけたいと思います。 

「まったく記憶にございません」は映画のサントラに収録されています。公式HPでMVも観られますよ。

 

 

 子供の頃、テレビで映画「大脱走」を観て、(こんなに面白いものが世の中にあったのか)と愕然とした。1963年公開のアメリカ映画(監督はジョン・スタージェス)。当時はビデオもDVDもブルーレイもなく、次に「大脱走」を観るためには、再びテレビでオンエアされるか、映画館のリバイバル上映を待つしかなかった。

 ある時、たぶん土曜の昼過ぎだったと思うが、部屋で本を読んでいると、突然どこからかあの映画のテーマ曲が流れて来た。慌ててリビングに駆けつけ、テレビをつけるがどこの局もやっていない。どうやらそれは、隣の材木置き場で働く大工さんのラジオから流れて来ているようだった。その日初めて、僕は世の中にサントラというものがあることを知った。

 サウンドトラックのレコードは、当時の僕にとって、映画の記憶を補強する唯一のアイテムだった。繰り返し聴いた「大脱走」のサントラ。ほとんどのBGMは今でも覚えている。完璧に口で再現することも可能だ。頼まれればいつでも披露します。

 そんなわけで、自分の映画の音楽にも当然、力が入る。「ザ・マジックアワー」から音楽を担当してくれている荻野清子さん。舞台でも何度も組んでいるので、僕の好みを完璧に分かってくれている。だから彼女との仕事は楽しい。綿密に音楽設計を打ち合わせし、デモを作ってもらい、それを映像に当てながら、試行錯誤を繰り返す。音楽録音は、映画を作るすべてのプロセスの中で、三本の指に入る「わくわくする」瞬間だ。

 これまで、僕の映画はいつも音に溢れていた。でも今回は、荻野さんと話し合って、ちょっと趣向を変えてみることにした。曲数を減らし、その分、ひとつのモチーフにとことんこだわる。これでもかというほど、もちろんアレンジは変えながら、同じフレーズを繰り返していく。それによって逆に音楽を印象づけようという演出だ。実際にそれによってどんな効果が生まれたかは、映画を観てのお楽しみ。

 ここだけの話、秘書官役の小池栄子さんが、ある「もの」を朗読する時に流れる、素朴で印象的な鍵盤ハーモニカは、僕が演奏しています。

 

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