今回、省エネルックの財務大臣を演じている小林隆、建設会社の社長役の梶原善、定職屋の親父の阿南健治は、僕が主宰していた劇団「東京サンシャインボーイズ」のメンバーだ。酔っ払い役の近藤芳正さんも長年、一緒に芝居を作って来た仲だが、彼は劇団員ではない。

 小林隆は通称こばさん。最年長で、大学時代ヨット部だったこともあり、体育会系で、当時は「頼れる兄貴」的存在だった。阿南健治、通称阿南ちゃん(そのまんま)。テキサスでカウボーイをやった後、大衆演劇の世界に入り、役者になったという変わり種。スクールメイツで踊っていた過去もあるらしい。ゼンこと梶原善は岡山出身。独特のライフスタイルで、衣食住、すべてに強いこだわりを持っている。当時、ゼンの周囲には、彼を頼って岡山から上京してきた若手演劇人が多数いて、ゼンは彼らの精神的支柱だった。

 遠い昔、稽古場で皆で飲んでざこ寝した時のこと。個人主義のアウトロー阿南ちゃんは先に帰ったが、こばさんとゼンはべろんべろんになるまで飲み、ほぼ意識がなくなったこばさんの顔に、ゼンが油性マジックでいたずら描き。指もガムテでぐるぐる巻きにして、いわゆる「豚さんの手(梶原談)」状態に。目を覚ましたこばさんが大激怒、大人がすることじゃないとゼンを叱りつける彼の手が、しっかり「豚さんの手」だったことは、今も決して忘れはしない。

 僕の作品に出て貰う度に思うのだが、こばさんも阿南ちゃんもゼンも、僕がやりたいことをすぐに理解してくれる。さすがかつての劇団仲間。そして今も彼らが役者として、ちゃんと活動していることが、なによりも嬉しい。

 梶原善は僕の監督する作品すべてに出てくれている。近作でいえば「ギャラクシー街道」の謎の宇宙学講師。「清須会議」では秀吉の弟小一郎(後の豊臣秀長)。ワンポイント的な出演が多く、「俺、他の現場では、もっといい役貰ってるんだけどな」とよくぼやいている。

 ここまで来ると「縁起物」みたいなもので、ここだけの話、僕が今後も映画を撮り続ける限り、彼には出て貰おうと思っている。

 長回しが大好きだ。初めて撮った映画「ラヂオの時間」のファーストシーンも長回しだった。

 僕は本来舞台の人間である。僕の芝居は場面が変わることがあまりない。一度幕が開くと、暗転を挟まずに最後までノンストップで進む。言ってみれば究極の長回しみたいなものだ。つまり僕にとって長回しという撮影法は、映画と舞台の幸せな融合なのである。

 長回しがうまく行くと、観客はカメラの存在を意識せずに役者の芝居に集中できる。それが映画であることすら忘れてしまうくらい、リアルでスリリングだ。

 今回の「記憶にございません!」にもいくつか長回しのシーンが出て来る。総理(中井貴一さん)とフリーライターの古郡(佐藤浩市さん)が出会うバーのシーンは、現代を代表する名優二人の息の合った芝居を堪能することが出来る。そして総理と野党党首(吉田羊さん)がホテルの一室で会う場面。ここは本来、カットを割って撮るつもりだった。狭い室内では、カメラが動き回れないので長回しは難しい。でもロケハンで、都内一の高級ホテルの一泊百万円以上もする広大なスイートルームを見つけた時、ここならカットを割らなくてもいけると確信した。

 撮影当日は、台本三ページ分を一気に撮った。吉田さん、中井さん、そしてカメラ(撮影監督は山本英夫さん)はその間、縦横無尽に室内を移動する。時間にして約三分半。吉田さんはその間に服を着替え、メイクを変えて、どんどん見た目が変貌していく。実はこの場面、かなり刺激的なシーンでもあり、リハを重ねながら、(え、羊さんにこんなことをさせていいのだろうか)とか(わ、羊さんにこんな格好させて本人に嫌われないだろうか)とヒヤヒヤしていた。ところがここだけの話、彼女は台本を読んだ時には、もっと過激なものを想像していたらしい。それを先に聞いていたら、「全裸監督」とは言わないまでも、もっといろいろチャレンジしたのにと、少々悔やまれる。

 それでも女優吉田羊の新しい一面を出すことが出来たのではないだろうか。なにしろ長回しは、一度しくじると最初からやり直し。役者も気合いが入るのである。


 ディーン・フジオカさん。僕の作品は今回が初めてだ。クランクインの前に、台本について話し合いたいと言われ、事務所で会った。既に付箋でお花畑みたいになっている台本を手に、ディーンさんは役作りについて、自分の考えが間違えていないか、細かく質問してきた。ここだけの話、これだけ熱心に台本を読み込む俳優さんは、寺島進さん以来だ(あとは、たまに佐藤浩市)。

 撮影現場でのディーンさんは、まるで王子様のよう。佇まいの品の良さが半端ではない。彼が「おディーン様」と呼ばれるのも頷ける。「おディーン」でもなく「ディーン様」でもなく、まさに「おディーン様」。「おディーン様」は出番を待っている間も「おディーン様」を演じ続けているように見える。まったく隙がない。こんな役者さんを前にも見たことがあると思った。田村正和さんだ。

 それでいてディーンさんはたまに突然、子犬のような目になる瞬間がある。無防備な時の、人懐こくて無邪気で、それでいて少し淋しそうな表情の彼を、僕は何度か見かけた。近寄っていくと、すぐにスイッチが入って「おディーン様」に戻ったけれど。

 もっと彼のいろんな表情が見たいと思った。黒田総理(中井貴一さん)と井坂秘書官(ディーンさん)が心を通い合わせるシーン。リハーサルが終わった後、中井さんをそっと呼んで、「台詞終わりでディーンさんをいきなりくすぐってみてくれませんか」とお願いした。中井さんはすぐに僕の意図を理解し、「やってみましょう」と言った。本番。すべての台詞が終わってカットが掛かる直前、中井さんは渾身の力を込めて、突然、ディーンさんをくすぐった。彼は一瞬身構えたが、決して役を離れることはなかった。ちょっと残念だったが、僕がカットを掛けた時、とびきりの笑顔で「びっくりしたあ」と言った彼の、少年のような姿は忘れられない。

 ディーンさんは、さらなる可能性を秘めた俳優さんだ。「おディ−ン様」だけではもったいない。だから僕はこれから彼のことを、名優でんでんさんをもじって、ディンディンさんと呼ぼうと思っています。

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