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いつごろからだったろうか、何となく大人の人付き合いが苦手だと感じるようになった。

でも、幼い子供たちは大好き。

声をかけるとすぐに反応してくれるし、お喋りしていると心の中が浄化されていくようなそんな気持ちがする。そして何よりも子どもたちの好奇心や疑問は、素敵なヒントを授けてくれるのです。

だからぼくは、公園などで遊んでいる子どもたちを見つけるといつも気軽に声をかけるようにしている。大人の感覚で話しかけても子どもたちは警戒するだけ、他愛のないことでも何か見つけてほめてあげると、たちまち心を開いてくれて仲良しになれます。

けれども、大人が相手だと何故かこうはいかないのです。そんなつもりは全くないのに誤解されたり、逆に傷ついたりもする。そうしたことを何度か体験すると気軽におしゃべりすることすら臆病になる。

TwitterとかBlogにつぶやいたり、書いたりするのは、そんなストレスを吐き出そうとしているのかも知れません。

万歳をして黄落を浴びる子ら   みのる

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キリスト教の教会では、今日からアドベント(待降節)といって、この日からクリスマスまでがイエス・キリストの降誕を待ち望む期間となる。

キリスト教徒でない人でも、宗教信仰とは全く無関係に、単なる "今日は楽しいクリスマス" 一色になる現象は、おかしいという人もいるかもしれないけれど、世間ではそんなことを言う方が異常と言われるまでに定着してしまった。

日本のクリスチャンは100人中4人と言われているけれど、もう日本人にとってそんなことはどうでもいいのだ(^o^)

大人の人を相手に、"間違っているよ!" と目くじらを立てる気はもうとうないけれど、せめて子どもたちには本当のクリスマスの意味を伝えたいと思う。

秀つ枝洩る日矢諸共に黄落す  みのる

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昨日は、高砂の尾上聖愛教会で毎月開催している落穂句会の納め句会でした。

いつもの市ノ池公園へ移動する前に、となりの鹿島神社を訪ねました。ちょうど、朔日詣の日にあたり寒い朝でしたが、とても賑わっていました。

参道には、四、五軒の柏餅を売る茶店があり名物にもなっているようです。すべて自家製だそうで、それぞれのお店で自慢の味が異なるとのこと、今日は、以前に入ったのとは違うお店に寄って試食、美味しかった(^o^)

市ノ池公園には、ニレやポプラの巨木がたくさんあるのですが、すでに見事な枯姿を見せていました。

天降る日に千手を翳す大枯木    みのる

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