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今年は2月26日に、兵庫漁協のいかなご漁が解禁になった。

ここ二年ほど極端な不漁が続き、解禁日も3月7日と例年より1週間以上遅かったけれど
やっと回復したのかと喜んだ。ところが、たまたま昨日、明石漁港の糶を吟行したので漁師さんに聞いてみたら、解禁日は豊漁であったけれど二日目には落ち込んで、糶り値も初日より高騰しているという。

関西エリアでは、この時期になるとどの家庭でも旬のいかなごを炊いて、地方に住む家族や親しい友人たちにプレゼントする…という昔ながらの習慣があるけれど、昨今では、1㎏4,000円というような高値がつくようになり、不本意ながら断念する人も増えている。地球温暖化のせいなのかそれとも乱獲の影響なのかはわからないけれど、なんとかならないものかと気をもむ。

吟行で明石海峡大橋の壮観な景色を眺めていると、その昔、地域の人達に親しまれ風物詩でもあった、たこフェリーの勇姿を思い出すが、壮観なイカナゴ漁の船団の姿さえもそのうちに消えてしまうのでないかと想像すると悲しくなる。

時代の変化だから仕方がないといわれればそうかもしれないけれど、長い年月を経て育まれてきた文化や歴史は、お金では買うことが出来ない貴重な財産である。そんな大切なものを安易な打算で簡単に壊してしまう昨今の世相や政治はほんとうに悲しいと思う。

商魂主義、ウケ狙いの目新しさを求める文芸界においても、同じことが言えるかもしれないけれど、温故知新のこころを忘れてはならないと思う。

門波蹴散らせていかなご船戻る  みのる

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今から三十年ほどまえ四六時中俳句脳だったころの話である。

週末土曜日の朝、いつものように須磨浦公園へ吟行に出かけた。その日は、温かい玉日和で須磨の海は、眩しい日差しを弾きながら穏やかに縮緬波を畳んでいた。

そろそろ観光ホテルの庭の蝋梅が咲いているころだと足を運んでいると先客があり、まるで、にらめっこしているようなふうに身じろがないで佇んでおられた。

それが恩師の紫峡先生だとすぐに気づいたけれど、真剣なそのお姿に近寄りがたいものを直感したので声をかけずにそっとその場を離れた。その時に見た先生のお姿はいまも瞼の裏に鮮烈に焼きついている。

先生はキリスト教の牧師のご子息。訳あって牧師の道は選ばれなかったがその信仰はゆるぎがない。

 『対象物に心を通わせていると、神様からのメッセージのように語りかけてくるのだよ。』

紫峡師から何度も教えられた言葉である。

蝋梅を睨んで動かない先生の真摯なお姿を遠目に見たとき、思わず武者震いしそうなインスピレーションを感じた。衝撃のその日以降、それがわたしの俳句スタイルとなった。

蝋梅は、満開のときも綺麗だけれど、ころころとこぼれそ落ちそうな蕾の玉がたくさんついて、その中の幾つかが日に透けてほころびはじめている…そんな雰囲気のタイミングがいちばん好きです。

そんなこんなで、ほっこりと緩みはじめた蝋梅をじっと観察していると何だか恩師の温顔に見えてくるのです。
 
蝋梅に綺羅の海光とどきけり  みのる

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二月の吟行句会に備えて灘五郷の酒蔵を下見した。

阪神の魚崎駅を降りてお目当ての菊正宗酒造記念館まで「清流の道」と名づけられた住吉川沿いの堤を歩く。とても温かい日だったので、水量は少なかったけれど亀甲模様に敷かれた川底の石畳を走る小気味良い水音は、さながら春の歌を奏でているようだつた。

開館時間まで少し間があったので酒造記念館の前で待っていると、大型バスから降りてきた韓国人と思われる団体が賑やかに到着、なんだか圧倒されてしまって思わずあとづさりしてしまった。

館内の受付のお嬢さんの話では、最近は日本人の見学者はほとんどなく、韓国からの観光客がほとんどだという。

白鶴酒造資料館では、売店の売り子嬢がみな韓国人のようで、お土産を買おうとレジに行ったけれど、日本語で通じるのかしら…と躊躇してしまう。

一人だけおられた日本人のお姉さんが、雰囲気を察知してぼくのところへ近づいてきて笑顔で対応してくれた。来月俳句で二十人ほど来るから…というと、

 『いつもこんな感じなので出来たら予約しておいてくださるほうがいいですよ』

とのこと、何となく納得しがたい複雑な気分だったけれど、おみやげの奈良漬(きざみが美味しい)を買って門を出た。お酒のつまに人気があると言われたけれど、下戸のぼくは苦笑いするしかない。

でも、家へ帰って炊きたての白いご飯と一緒に食べた奈良漬(きざみ)に大満足。

ようやく心落ち着いた。

利酒にお代りはなし蔵めぐり  みのる

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