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硬い記事が続いたので、今日は、ほのぼのバージョンで(^o^)

自宅から徒歩20分に私のホームグラウンド奥須磨公園があります。その中に西洋楓の森があり、毎年じつに見事なグラデーション紅葉が見られるのです。

この美しい紅葉をハイアングルでカメラに収めようと、ずっと仰向きに構えていたとき、バランスを崩して、思わず尻餅をついてしまいました。

"おじちゃん大丈夫?"

近くにいたお母さんと5歳位のかわいい女の子が走り寄ってきて手を差し伸べてくれたのです。

"いたずらな悪魔がね、後ろからそつとやってきて、おじちゃんに足払いをかけて逃げていったんだよ"

と冗談をいうと、ケラケラと大笑い。 天使のようなその笑顔を見て、お母さんも私もつられて笑いました。なんだかとっても素敵な宝物を神様からプレゼントされたような、そんな気分でした。

今日、この写真をflickrから引っ張り出してきてそれを思い出し、もう一度幸せな気分に浸りました。

七宝に錦繍なせる楓の森    みのる

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私が俳句をしているというと、みのるさんは、クリスチャンなのに神社やお寺に行くの?

と、いぶかしげに言われることがあります。

熱心な信仰者ほど、自分の信じるもの以外の全てを否定して排他的な考え方をされる方が多いようですが、私は、思想や宗教はあくまで自由であって、他を否定する行為は傲慢だと思うのです。

古来、仏教も神道もその土地で、またその時代に応じて多くの人々の心の支えとなってきました。

それらにまつわる建造物、絵や書や造形物などはみな、貴重な文化であり芸術です。そして、こうした様々な文化を礎として歴史が育まれてきたのです。

クリスチャンとして社寺を訪ねて神や仏を拝むことはありませんが、歴史や文化と謙虚に、敬虔に対峙し、心打つものには感動して俳句に詠む行為を、恥じることではないと思っています。

一羅漢紅葉明りに瞑想す    みのる

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