北京五輪も終盤、事前にはこんなに盛り上がってない五輪も珍しいとか言いながら蓋を開けてみればなんだかんだと盛り上がる日本人、その節操のなさはむしろ長所、こだわらないんですよね、私たち。…結局はテレビの力を思い知らされます。事前は北京五輪のことをあまり取り上げてなかったから盛り上がってる感じがなかったけれど、始まって毎日テレビで放映され続ければ盛り上がる、ひょっとしてテレビって現代の最高権力者なのかもしれないと思ったりします。今回はそれが結論、私が以後書くことにそれ以上のことはありません。
そのテレビの力をまざまざと見せつけるのは女子カーリングの人気です(あくまでも女子です)。私はカーリングはスポーツではなくボーリングやビリヤードと同類のゲームだと思います。下手すると死んでしまうような競技が多い冬の競技の中で、もぐもぐタイムだとかほんわかしているカーリング、あの選手が綺麗、カワイイ…他の競技と同列に扱うのはなんか変だと私は思いますが、テレビでの受けがいい、そうするとテレビで取り上げられ、もはや冬の五輪のメイン競技の一つの扱いです。まあその疑問は私の好き嫌いの域を出ませんが、ただ一つだけ、カーリングの試合って長くないですか?各エンドあと2投くらい削るとスポーツとしてリズムが良くなると思いますけどね。
羽生結弦選手、ショートでしくじってしまいました。リンクに穴があったとのこと、そういえば羽生選手の所属先だかスポンサーはANAでしたね…という冗談を誰かテレビで言ってくれないかと思いますが、その勇気はいまのお笑い芸人にはないでしょう(ねづっち出番だぜ)。羽生選手としては最後にメダル無しなんてダメだねーって誰かに率直に言ってほしいはずでは?なんて感じているのは私だけでしょうか(彼はカメラの前でよく喋る)。高梨沙羅選手、五輪での好結果に縁がないようですが、そんなにショックを受けてみせなくてよいのでは?と私は思いました。そんなに子供みたいに泣かなくていいし、周囲もそんなに庇(かば)ってみせなくていいでしょう。高梨選手はこれでなんだか決して批判されないアンタッチャブルな存在になってしまいましたが、本人が世間に求めているのは「美人選手」という世俗的な扱いですよ(彼女の化粧でわかります)。このこともテレビでは決して語られない話でしょう…ってそれを感じるのは私だけ?何にせよ、羽生、高梨両選手は益々孤独の道を歩む結果になりました。ホントは二人共寂しがってると思うんですよね。
北京五輪期間中、比較的日本のテレビ局の中では五輪の中継をしない、五輪に興味がなさそうな日本テレビにて、クールランニングという少し古い映画を放映してました。雪なんて降らないジャマイカの青年4人がボブスレーという冬の競技で五輪を目指し実際に出場したという逸話を元にした映画ですが、北京五輪期間中に観る映画としては素晴らしかったと私は思いました。現代五輪に出場する選手たちの一生懸命さとは異なる種類の一生懸命さが、観る者を引きつけます。違反スレスレでも、薬を飲んででも勝ちたい、バレなきゃいいんだなんていう一生懸命さが観る者を引きつけない現代のスポーツ選手に対する皮肉を込めているような、本来スポーツなんて少し滑稽なものと言ってるようなクールランニングを五輪期間中に放映した日本テレビは大したもの、まだまだユーチューブごときには負けないでしょうね。