先日テレビをつけたら岸田首相が、国民の暮らしと命を守るとか、仰っていました。そんな漠然とした綺麗な話は誰にでも言える、具体的にどうするのかそろそろ言ってほしい、それは実は何にも言ってないに等しいんじゃないかなあと私は思いました。もし生活困窮者を経済的に助けたいという話であれば、私はそれは日本においては首相がするべき仕事ではないとも思うところです。資本主義で民主主義の日本ですから、経済的に貧富の差が生じてしまうのは必然、全員がお金持ちの状況にはなり得ないはずです。怠ければ貧乏が待っている、優秀は平凡に勝るという前提があるからこそ誰しも苦しくても頑張る、そんな世の中を脈々と作り上げてきた私たち日本人、ここに来て首相が優勝劣敗を是としないと言うならば、日本は混迷の時代に入ると私は思います。現代日本においては困窮者の救済、それは宗教家や篤志家、NPO法人や行政福祉部門の役割であり、首相は困窮者を救うのではなく貧困を生むような産業を規制したり外国と上手に付き合うのが本来の仕事、もしもいま社会主義国家への転換を目指すというならそうはっきりと標榜し選挙で公約を掲げるべきでしょう。
そんなことを考えながらいまの日本を眺めてみれば、金融機関は現金、とくに小銭を遣う人間を減らそうとしています。その詳細についてはここに説明は加えませんが、要するに小銭を銀行や郵便局に持って行って入金や振込をすれば手数料、店がお釣り用にお札を小銭に両替すれば手数料、そんな世の中になりました。クレジットカードを持っているような普通の社会人や消費者であれば最近は現金をさほど遣わないでしょうからさして気にならないでしょうけど、生活困窮者や高齢者は現金を遣うことが多いはず、小銭を郵便局で両替や貯金をしようとしたら手数料、彼ら困窮者にとっては1円でも惜しいですよね。岸田首相、アナタの出番ではないのでしょうか。なぜ日本銀行が発行したお金を遣うのに手数料がかかるのか、私はおかしいと思います。小銭を遣われると金融機関に労力がかかるということですが、それが金融機関の本来業務ですし、ならば芸能人を起用したCMやポスターなどは一切やめるべき、小銭を日銀が造る以上は両替業務をやるのが金融機関の勤め(務め)というものでしょう。銀行の存在意義が小さくなるであろう未来、困窮者や現金商売の自営業者切り捨てが正解とは私には思えませんが。
まあそんな私が憂(うれ)いても全く世の中になんの影響もないことはさておき、先日小倉競馬場に行く前日のこと、ふと我が家には小銭が沢山あることを思い出しました。今ほどクレジットカードを使っていなかった5〜10年前くらいに財布の小銭を貯金箱や空き缶に入れていたもの、数えてみたらなんと10円玉だけで900枚近く、他の硬貨を加えたら1万数千円になりました。…なかなかの重量感ですが、小分けにしてリュックで背負って小倉競馬場に持って行きましたよ(ちなみに1円5円は不可です)。コロナ以前なら馬券購入機でのんびりと小銭を使うのは憚られましたが、いま、競馬場は事前予約制なので空いていまして、使い切りましたよ、900枚。この小銭はどれだけの人の財布を行ったり来たりしたのやら、こんなお金はギャンブル向きなんでしょうね、この日は私の指名したお馬さん達がよく走りました(収支プラスです)。岸田首相や金融機関は煮え切らない様子ですが、貯まった(溜まった)小銭は競馬に使うなんてのは皆さんいかがでしょうか。